2型糖尿病患者のHbA1cはどこまで下げるべきか

  糖尿病患者の血糖コントロールを示す指標として、HbA1cが広く使われています。しかし、HbA1cの値をどこまで下げればよいのか(下げれば下げるほどよいのか)については、いまだ議論があります。2008年に結果が発表されたACCORD試験[1、参照記事]では、HbA1cの目標値を6.0%に設定した厳格管理群でかえって死亡が増えたため、試験の一部が中止されました(参照記事)。一方、ADVANCE試験[2、参照記事]では、厳格管理群で心血管死亡および全死因死亡に有意な増加は見られませんでした。

  先日、HbA1cと死亡の関係について、オランダで行われたコホート研究が発表されたので読んでみました。
【診療上の疑問・課題:明確】
  HbA1cで見た血糖コントロールの程度と、死亡率との関係を調べるというもので、焦点自体は明確でした。

【研究デザイン:前向きコホート研究】
  特定の集団(コホート)を前向きに追跡し、死亡の発生を見るという前向きコホート研究です。

【コホートの設定方法:オランダの家庭医を受診する2型糖尿病患者1145人】
  このコホート研究(ZODIAC-11)は、オランダのある地域の家庭医(GP)にかかっている2型糖尿病患者を対象としていました。余命が非常に短いとGPが判断した患者を除いた上で、患者の同意が得られ、かつベースラインにおけるデータが得られた1145人(平均年齢68.7歳、女性54.3%、ベースラインのHbA1c7.5%)が解析対象となりました。

【曝露内容の測定:血糖コントロールの指標としてHbA1cを使用】
  今回は「曝露」という表現はあまり適しませんが、対象者のHbA1cを、ベースライン、およびその後年1回の頻度で測定し、平均値を求めました。平均値の計算方法はUKPDS35[3]と同じ手法を用いたと書かれていました。

【アウトカムの測定:全死因死亡】
  最も間違いのない(ハードな)指標として、全死因死亡率を求めました。加えて、心血管死亡率も求めていました。

【交絡因子:年齢、性、喫煙の有無などで調整】
  コホート研究では、割り付けにおいてランダム化がなされていないため、群間の背景が同等である保証がありません。そのため、解析時に、影響を及ぼすと想定される要素、すなわち年齢、性別、喫煙の有無、糖尿病の罹病期間、クレアチニン、BMI、収縮期血圧、総コレステロール/HDLコレステロール比、大血管合併症の有無、スタチン使用の有無、インスリン使用の有無、アルブミン尿の有無―で調整しました。しかし、可能性のある交絡因子は、必ずしもこれだけではないかもしれません。

【追跡率および追跡期間:追跡期間の中央値5.8年、追跡率はほぼ100%】
  ベースラインからの追跡期間の中央値は5.8年でした。結果にカウントされている人数は計1143人だったので、ほぼ100%追跡されていることになると思います。

【結果:平均HbA1cが9%を超える群で全死因死亡が有意に上昇】
  追跡期間中に、335人(29.3%)が死亡しました。死亡原因が判明したうち、161人が心血管系疾患、70人が癌、34人が呼吸器系疾患による死亡でした。

平均HbA1cが6.5〜7.0%を対照群(n=245)とし、6.5%未満(n=228)、7.0〜8.0%(n=318)、8.0〜9.0%(n=208)、9%以上(n=144)の5群に分けた上で、総死亡率のハザード比を求めたところ、6.5%未満群1.11(95%信頼区間〔CI〕0.71-1.74)、7.0〜8.0%群1.40(同0.99-1.97)、8.0〜9.0%群1.43(同0.97-2.10)、9%以上群2.26(同1.39-3.67)で、統計学的に有意な差が見られたのは9%以上群だけでした。この結果は、心血管死亡率で見た場合でも同様でした。

  つまり、この研究では、HbA1cが平均6.5%未満に下がった群でも、死亡率は下がらなかった(=HbA1cは死亡率を下げる独立した因子ではなかった)ということになります。著者らは、血糖コントロールのために複数の薬を長期間用いることにより、薬の副作用が生じ、結果として死亡が増える可能性があると指摘していました。そして、中程度にコントロールされている2型糖尿病患者に対しては、HbA1cを下げることよりも、禁煙や降圧など、ほかの対策に焦点を当てる方がよいかもしれないと述べていました。

【結果の信頼性:少人数であることなど、著者自身が限界についても言及】
  著者ら自身が、コホート研究としては少人数での検討であることや、GPを受診している患者であることから考えて比較的軽症例が多いことなど、この研究の限界を指摘していました。

  今回は、平均HbA1cが6.5%未満の人で、死亡率のハザード比の点推定値が1.11と、1を超えていましたが、人数が少なかったこともあって信頼区間の幅が広く(1をまたいでおり)、これだけではHbA1cを下げれば下げる方がいいとも、下げすぎるとかえってよくないとも言いにくいのではないかと思います。一方、最近発表された英国での大規模な後ろ向きコホート研究[4]では、HbA1cが最も低い群(6.4%)では、同7.5%の群に比べて、死亡率がかえって高かったという結果が得られています。

【結果の適用:日本人よりかなり太めの人が対象】
  平均HbA1cが9%を超えるような血糖コントロールの悪い人では死亡率が高くなるというおおまかな結果は、従来から言われている通りです。

  今回のコホートは、ベースラインにおけるBMIが28.9kg/m2と、かなり太めの人が対象だったので、日本の一般的な2型糖尿病患者とは異なる可能性があります。治療についても、インスリンの使用割合(15.4%)こそ書かれていましたが、それ以外の糖尿病治療薬の使用やその種類については記載がありませんでした。そもそも、オランダ人は日本人に比べて、心血管疾患にかかりやすいでしょう。

  ちなみに、現在の日本の診療ガイドライン(07年)では、HbA1cの評価としては低い方がよいとされ、5.8%未満が「優」、5.8〜6.5%未満が「良」、6.5〜8.0%未満が「可」、8.0%以上が「不可」と分類されています。

【著者の利益相反:なし】
  申告されていませんでした。

1)The Actio to Control Cardiovascular Risk in Diabetes Study Group. Effects of intensive glucose lowering in type 2 diabetes. N Engl J Med 2008; 358: 2545-59.
2)The ADVANCE Collaborative Group. Intensive blood glucose control and vascular outcomes in patients with type 2 diabetes. N Engl J Med 2008; 358: 2560-72.
3)Stratton IM, Adler AI, Neil HAW, Mattews DR, Manley SE, Cull CA, et al. Association of glycaemia with macrovascular and microvascular complications of type 2 diabetes (UKPDS35): prospective observational study. BMJ 2000; 321: 405-12.
4)Currie CJ, Peters JR, Tynan A, Evans M, Heine RJ, Bracco OL, et al. Survival as a function of HbA1c in people with type 2 diabetes: a retrospective cohort study. Lancet 2010; 375: 481-9.


2010.3.9 記事提供:日経メディカル