血液どろどろの検査活用

□■ 「血液ドロドロ」検査を活用する医師が増加中 ■□

  テレビの健康番組などで盛んに使われる「血液サラサラ・ドロドロ」という言葉。
「血液がドロドロ」というと、コレステロールなどを連想しがちですが、コレステ
ロールは血管側の動脈硬化の要因であって、血液の流動性には直接的に影響を及ぼ
しません。

  栗原クリニック東京・日本橋(東京都中央区)院長の栗原毅氏によれば、血液流
動性低下の主な原因は、(1)赤血球の変形能の低下(2)白血球の粘着度の亢進
(3)血小板の凝集能の亢進――の3つ。その原因は、過剰な糖の作用、高中性脂肪
血症、飽和脂肪酸の過剰摂取、喫煙、過度のストレスなどであることが分かってい
ます。

  近年、こうした血液流動性の低下が心筋梗塞などのリスクを高めることを示唆す
る研究結果が報告され、血液流動性検査を臨床で活用する医師が増加しています。
その実情をリポートしました。

日経メディカル2010年4月号「トレンドビュー」(転載)
急性心筋梗塞発症のカギ握る「ドロドロ血液」
血液流動性検査で新知見 
友吉 由紀子=日経メディカル

 「血液の流れやすさ(血液流動性)は、心筋梗塞の既往の有無と有意な関連が見られることが分かった。心血管イベント発症を予測する指標の一つになる可能性がある」と話すのは、ひつもと内科循環器医院(山口県下関市)院長の櫃本孝志氏だ。

  同氏が患者の血液流動性検査に活用しているのがMCーFAN(micro channel array flow analyzer)という装置だ。

  5年ほど前には、同装置を使って血液を流す映像がテレビ番組などで頻繁に登場し、「血液サラサラ・ドロドロ」という言葉は、広く社会に認知された。その一方で、ドロドロ血液という言葉を悪用して健康食品などを売りつける事件も発生。そのあおりを受けて、MCーFANの臨床応用はいまひとつ進まぬ状況だった。

  しかし、血液全体の流れやすさを客観的に評価する方法はほかにはないことから、急性心筋梗塞などの血栓性疾患との関連を調べる目的などで、臨床に活用する医師は徐々に増えつつあるようだ。まずは血液流動性を測定するMCーFANとは、どのような装置なのかを見ていこう。

血液の流れやすさを評価
  MCーFANは、採取した血液(全血100μL)をシリコンチップ上に作った毛細血管と同径くらいの微細な流路に流し、血液の流れやすさを測定する装置だ。具体的には、全血100μLが流れ切る通過時間で評価する。実際の血管内の血流を再現するものではないが、赤血球、白血球、血小板などが流れる様子を、顕微鏡で2000倍に拡大しながらリアルタイムで観察できる(図1)。7年前に、エムシー研究所(東京都中央区)が医療機器として販売を開始した。

血液どろどろ

「血小板や白血球などの成分ごとの性状を把握することはできても、それらが混ざり合った状態での複合的な流れやすさ(性状)を把握する方法はこれまでなかった。それを映像で視覚的に確認できるという意味でMCーFANは画期的だった」と話すのは栗原クリニック東京・日本橋(東京都中央区)院長の栗原毅氏。

  同氏は、東京女子医大助教授だった2001年から、同大附属成人医学センターでMCーFANを使ったドックを開始。これまでに1万人余りの血液流動性を測定してきた。

  「血液がドロドロ」というとコレステロールなどを連想しがちだが、コレステロールは血管側の動脈硬化の要因であって、血液の流動性には直接的に影響を及ぼさない。栗原氏によれば血液流動性低下の主な原因は、(1)赤血球の変形能の低下(2)白血球の粘着度の亢進(3)血小板の凝集能の亢進─の3つだという(表1)。

  血小板の直径は2〜3μmで毛細血管の径(6〜7μm)よりも小さいが、赤血球(8μm)と白血球(10〜25μm)は毛細血管径より大きく、通常は細長く変形しながら通過している。しかし、何らかの原因によってこれらの変形能が低下したり粘着度が高まったりすると、スムーズに通過できずに流れが悪くなるわけだ。

糖尿病や喫煙などと関連
  糖尿病患者では過剰な糖の作用で赤血球の膜が硬くなり、変形能低下が見られるという。また、脂肪肝などで高中性脂肪血症の場合もドロドロ状態になる。「通常はあまり存在しないレムナント(中性脂肪を含むリポ蛋白の代謝過程で生じる中間代謝物)が増え、その影響で赤血球からADP(アデノシン2リン酸)が漏れ出し、血小板の凝集能が亢進すると考えられる」と栗原氏。

  そのほか生活習慣との関連では、肉食などで飽和脂肪酸を多く取ると赤血球の膜が硬くなり変形能が低下することや、喫煙や過度のストレスが加わると、白血球の粘着度が高まることなども分かっているという。

  エムシー研究所によれば、全国でMCーFANを導入している施設は約400で、多くは生活習慣病予防の検診などに活用しているという。

心血管イベント既往例で高値
  前出のひつもと内科循環器医院の櫃本氏も、患者の生活習慣病の予防・改善のためにMCーFANを導入した一人だ。同氏の患者には心筋梗塞や脳梗塞発症後の患者も少なくない。患者の血液流動性を見ているうちに、心血管イベントの既往歴のある患者は血液流動性が極めて悪いことに気づいた。

  そこで、生活習慣病または心血管イベント発症後のフォローアップで外来通院している患者375人(平均年齢67±12歳、男性121人、女性254人)のデータを分析した。

  その結果、血液流動性の悪化と有意な関連が見られたのは、喫煙、高血圧、冠疾患危険因子の数、高感度CRP濃度だった。また心血管イベントの既往者は、既往歴のない患者よりも有意に血液通過時間が長く流動性が悪かった。

図2は、血液通過時間を三分位して、心血管イベントの既往との関連をロジスティック回帰分析したものだ。通過時間が78.0秒以上の最高分位では、最低分位(52.4秒以下)に比べて、脳梗塞もしくは心筋梗塞の発症リスクが8倍高かった(p<0.0001)。

血液流動性と血栓症発生リスク


「不安定プラークの破綻と血液の血栓源性の亢進の2つが、急性冠症候群の発症にかかわっているのではないか」と指摘する、大阪警察病院の上田恭敬氏。

急性冠症候群発症の新仮説
 一方、急性心筋梗塞などの急性冠症候群の患者の血管内視鏡検査を数多く手掛けている大阪警察病院心臓センター部長の上田恭敬氏は、血液の血栓源性(血栓の作りやすさ)を評価する目的で、3年ほど前にMCーFANを導入した。

 急性冠症候群発症に至る過程については、不安定プラークの形成および破綻が関与しており、破綻後に血栓が形成されて閉塞に至るというのが最近の知見となっている。

 ただし、プラークが破綻してもその多くは閉塞せずに無症候性に経過することから、上田氏はプラーク部分の血栓源性だけでなく、血液の血栓源性が発症に大きくかかわっているのではないかと考えた。

  図3は、同氏が提唱する急性冠症候群の2段階発症仮説だ。不安定プラークが形成された後、まずはプラークが破綻し、病変部に血栓が生じる。この状態ではまだ閉塞せずに無症候性だが、そこに何らかの原因で血液の血栓源性の亢進が加わると閉塞性の血栓が形成され、急性冠症候群の発症に至るというわけだ。

急性冠症

ドロドロが最後の一撃か?
 上田氏は、この仮説を証明するために、大阪警察病院心臓センターに救急搬送された急性心筋梗塞と不安定狭心症の患者(計百数十人)について、MCーFANで血液流動性を調べた。すると、その多くは100μLが最後まで流れきらずに詰まってしまうことが判明。そこで、図4左のグラフのように、血液の通過時間と通過量の積を血液の血栓源性の指標(blood vulnerability index:BVI)として評価することにした。

急性冠症と血液血栓源性

 その結果、急性心筋梗塞群は、コントロール(安定冠動脈疾患)群に比べてBVI値が有意に高かった(図4右のグラフ)。

  「血液の血栓源性の悪化が心筋梗塞発症の最終的な引き金となったのか、あるいは発症した後に血液の血栓源性が悪化したのかは明確でない。しかし状況証拠として、急性冠症候群発症直後の血液の血栓源性を測定したデータはおそらく初めて」と上田氏。この結果は、論文にまとめて発表する予定だという。

  「今後、日内変動など様々な角度から血液の血栓源性が測定され、データが集積すれば、心筋梗塞の原因究明につながるのでは」と、同氏は期待している。

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2010.4.13 日経メディカル