メタボリックシンドローム3つの疑問 Vol.3
メタボ解消が最善策?
メタボリックシンドロームの診断基準には、まだ決着のついていない課題が残っている。しかし、危険因子が集積することにより心血管疾患の発症が増えるという考え方自体は、「シンドロームX」や「死の四重奏」として以前から知られているものだ。
3番目の疑問は、メタボリックシンドロームを適切に診断できたとして、該当する人に生活習慣の改善を指導すれば、心血管疾患の発症やそれによる死亡を本当に減らせるのかという点。国の特定健診・特定保健指導は、この仮説の上に成り立っている。その先には、増え続ける医療費を抑制する狙いがある。
食事は人間の楽しみ
特定健診・特定保健指導に詳しい横浜市大情報システム予防医学教授の水嶋春朔氏は、「メタボリックシンドロームの場合、血圧や血糖といった危険因子に個々に介入しても、ほかの要素は残る。食生活の改善や運動により内臓肥満を解消すれば、ほかの危険因子も改善してくる」と話す。
生活習慣の改善が有効であった例として、米国で行われた糖尿病予防プログラム(DPP)試験がある(New Engl J Med 2002;346: 393-403.)。空腹時血糖値が高めだが糖尿病とは診断されていない25歳以上の男女3234人(男性1043人、女性2191人)をプラセボ群、薬物(メトホルミン)群、ライフスタイル群の3群に割り付け、糖尿病の発症予防効果を検討したランダム化比較試験(RCT)だ。
平均追跡期間2.8年で、糖尿病の罹患率はプラセボ群が最も高く(100人年当たり11.0)、次いで薬物群(同7.8)、ライフスタイル群(同4.8)の順。食事や運動といった生活習慣への介入が、薬よりも良好な結果だった。ただし、この試験の参加者の平均BMIは34kg/m2前後とかなりの肥満で、日本人のメタボリックシンドロームには当てはめられないかもしれない。
わが国で行われた、耐糖能異常と判定された30〜60歳代の男性458人を対象に、継続的に体重測定をして理想体重を保つよう指導することの効果を検討したRCTでは、4年後の体重は、対照群では0.39kgの減少だったのに対し、介入群では2.18kg減少した。糖尿病の累積発症率も、介入群の方が有意に少なかった(Diabetes Res Clin Ptact 2005;67:152-62.)。
だが現実には、食生活の改善による減量やその維持は、そう簡単な話ではない。守口市市民健康センター(大阪府守口市)保健総長で長年住民健診に携わる辻久子氏は、「食べることは、人間の楽しみの中でも大きな部分を占める。食事制限は、QOLの低下に直結するので、継続的な実行は難しい」と指摘する。
日本人にはたばこと血圧
滋賀医大の上島氏は疫学の立場から、「心血管疾患を減らすには、肥満に介入するよりむしろ、喫煙を減らし、血圧を下げる方が効率的」と指摘する。
2000年に出された「健康日本21」の報告書には、危険因子を下げることで心血管疾患がどの程度減少するのかの予測値が示されている。それによると、最高血圧を2mmHg減らすと、循環器疾患による死亡者数が約2万1000人、喫煙率が5%下がると、約2万4000人それぞれ減少するという。
特定保健指導の現場では、禁煙指導を組み合わせているところもある。医師による禁煙指導は、簡便なものであっても有効であるとの報告もある。
メタボリックシンドロームへの介入が、心血管疾患の罹患や死亡の減少にどれくらいつながるのか、息の長い検証が必要だろう。
2010.5.28 記事提供:日経メディカル |