滲出性中耳炎って
胃食道逆流症(GERD)も関連する?

長引く中耳炎の背後にGERD
成人ではPPI投与による改善例も

滲出性中耳炎胃食道逆流症GERD)の併発が多いことが分かってきた。プロトンポンプ阻害薬PPI)で中耳炎症状が改善した例も報告されており、中耳への胃酸逆流が治癒を妨げている可能性がある。
黒原由紀=日経メディカル

 難治性の中耳炎で名大病院耳鼻咽喉科准教授の曾根三千彦氏の元に最近訪れた75歳の女性。鼓膜切開を施行しても改善しなかったその患者に奏効したのは、PPIだった──。

  PPIは消化性潰瘍やGERDの治療に用いる酸分泌抑制薬。曾根氏は、中耳炎の難治化にGERDが関与していると考え、合併が疑われる難治性中耳炎の患者にはPPIを投与している。

  GERD合併の判断は、消化管症状に関する12の質問からなる「Fスケール」などの問診票と、中耳貯留液中のペプシノーゲンPG)の測定によって行う。PGは、胃内容液中で粘膜障害を起こす原因物質であるペプシンの前駆体。PGが増加していれば、逆流があると判断している。

  冒頭の患者にもこれらの検査を行ったところ、「GERDの症状あり」と判定され、PG値も非常に高かった。ランソプラゾ−ルを投与したところ、PG値は速やかに低下し、中耳炎の症状も改善した(図1)。その後症状の再燃による再受診があったが、問診の結果、食後すぐに臥位になる習慣があることが判明。その習慣を直すよう指導して以来、再発は認めていないという。

図1

図1 滲出性中耳炎患者(75歳女性)における中耳貯留液中のペプシノーゲン1(PG1)値の変化(曾根氏による)

中耳炎患者の約半数に症状
  GERDは胸焼けのほか、嗄声、咽喉頭異常感、慢性咳嗽、耳痛などの様々な症状を来すことが知られているが、逆流と中耳炎の関連についてはこれまでほとんど報告がない。

  しかし、曾根氏が2007年に名大病院を受診した滲出性中耳炎の成人患者83人を調べたところ、胸焼けなどを自覚し、胃酸逆流が疑われた12例では、PG高値例が3例(25%)。逆流の自覚症状のない71例のうちPG高値例は5例(7.0%)だった。また、PG高値例の半数が両側性中耳炎を起こしていた。

図2

図2 滲出性中耳炎患者のGERD併発率(曾根氏による)
診療所受診者計253人に問診票に記入してもらったところ、誘因不明の滲出性中耳炎患者においては、124人中58人(46.8%)がGERD症状を有していた。これは中耳炎を伴わない外耳道炎、感音難聴などで受診した患者に比べて有意に高率だった。

 さらに曾根氏は近隣の複数の診療所に協力を依頼し、成人患者253人(平均年齢63.4歳)に問診票を用いてGERD合併率を調査。その結果、誘因不明の滲出性中耳炎患者では、約47%がGERD症状を有していた。一方、中耳炎以外の症状で受診した患者のうち、GERD症状があったのは約13%で、中耳炎患者の方が合併率が有意に高いことが分かった(図2)。GERD合併の疑いのある症例の多くには、PPI投与や、「食後すぐに寝ない」「腰痛防止のベルトなどで体を締め付けない」といった生活指導が奏効したという。

  中耳への胃酸逆流のメカニズムは解明されていないが、「耳管周囲の浮腫と耳管機能障害により、咽頭と中耳腔内の圧格差が生じ、間欠性に逆流内容物が中耳腔に達している可能性が考えられる」と曾根氏は話す

小児の難治例にも逆流関与
  小児の中耳炎の難治化にも、GERDが関与している可能性がある。かみで耳鼻咽喉科クリニック(静岡県富士市)院長の上出洋介氏も、滲出性中耳炎の背景にGERDがないかどうかを調べている1人だ。

  同氏がGERDを念頭に置くようになったきっかけは、3年前に遷延性の中耳炎で受診した生後3カ月の男児。治療抵抗性で再発を繰り返すため、専門病院で精査したところ、胃酸逆流が疑われた(症例参照)。

  乳幼児は生理的な逆流を起こすことが報告されており、成長に伴って中耳炎が自然と改善する例も少なくないが、上出氏は「このときは本当に治療に苦慮した。逆流が中耳炎の直接的な原因であるかどうかは不明だが、少なくとも増悪因子としては考え得るのではないか」と話す。

  上出氏はそれ以降、小児の滲出性中耳炎患者には、保護者に寝かせたまま授乳しないなどの生活指導を行っている。成人の滲出性中耳炎患者にはFスケールに記入してもらっている。「喉頭に肉芽が観察される場合などは胃酸の逆流を疑うのが容易だが、スコアが8点以上の場合にも、PPIを投与して数週間様子を見ている」(上出氏)という。

  一方、GERDと中耳炎の関係については、まだ疑問視する向きもある。日本消化器病学会が09年11月に発行した「胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン」では「エビデンスがない」と記載されている。今後、中耳への胃酸逆流のメカニズムの解明や、PPIの効果を検証するランダム化比較試験なども必要だろう。

症例 逆流を認めた小児中耳炎患者(提供:上出氏)
 生後4カ月で受診。体温37℃、不機嫌。両耳ともに鼓膜が肥厚混濁していた(A)。鼻咽腔ぬぐい液からβラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性(BLNAR) インフルエンザ菌、Moraxella catarrhalisが検出され、急性中耳炎が長く放置され遷延化したものと推察された。

  鼓膜切開、鼓膜チューブ留置術を行ったが改善せず、3カ月後には高熱と下気道感染を繰り返し生じたため、その1カ月後に精査・加療のため静岡県立こども病院に入院。上部消化管造影検査では、ミルクで4倍希釈したバリウムを200mL摂取させ、臥位で観察したところ、鼻咽腔まで到達する逆流を4〜5回認めた(B)。ヒス角の鈍角、長軸方向の軽度胃捻転、幽門部での通過不良などがあり、胃内溶液の逆流が強く疑われた。検査中に誤嚥は認めなかった。

  授乳を少量ずつ頻回に行い、食後30分以上は臥位にさせないようにした。ファモチジン0.5mg/日、クエン酸モサブリド0.35g/日を投与して経過観察を行っている。

症例

2010.12.14 記事提供:日経メディカル