リハビリでめまいを治す
視線や首の運動がめまいに効く?

平衡機能の左右差をリハビリで軽減

遭遇する症状の1つである「めまい」。薬物療法は広く行われているが、治療に難渋するケースも少なくない。難治性のめまいに対し、横浜市立みなと赤十字病院新井基洋氏はこれまで8000人の患者にリハビリテーション(平衡訓練)による治療を行っている。
  めまいの理学療法と言えば、良性発作性頭位めまい症(BPPV)に対するエプレ(Epley)法が有名だ。これに対し、新井氏が指導するリハビリはBPPVに限らずめまい全般を対象とし、平衡訓練をさせることが特徴。本特集では、新井氏が実践しているめまいのリハビリテーションについて、メカニズムや指導のコツなどを紹介する。

リハビリ

横浜市立みなと赤十字病院におけるめまいのリハビリテーション。原則として4泊5日の入院下で、めまいに関する講義や、リハビリ動作の指導、各種の検査が行われる。

 「ご唱和ください。めまいは寝てては治らない!」
  「めまいは寝てては治らない!」
  月曜日の午後3時、横浜市立みなと赤十字病院(横浜市中区)の耳鼻咽喉科外来に、同科部長の新井基洋氏と患者たちの声が響き渡る。

  「では次に、座ったまま行う7つの基本動作を覚えます。私に続いて復唱してください。速い横、速い縦、ゆっくり横、ゆっくり縦、振り返る、上下、はてな!」
「速い横、速い縦、ゆっくり横、ゆっくり縦、振り返る、上下、はてな!」――。

  新井氏が行っているのは、めまいに対するグループリハビリテーション。同院では、薬物治療が奏効しない難治性のめまい患者を主な対象に、4泊5日の入院治療を行っている。入院中は、視線の移動、首の動きなど、めまいに有効な動作の習得に加え、身体機能などの検査、日常生活における注意点などの患者教育が行われる。「薬物療法のみのめまいの治療に、限界を感じている医師や患者は少なくないはず。そんなときにリハビリテーションという手段があることを知ってほしい」と新井氏は話す。

  めまいやふらつきは、日常診療でよく接する症状だ。その大半は内耳障害に起因するといわれている(図1)。実際、横浜市立みなと赤十字病院救急部部長の伊藤敏孝氏が2005年4月から07年3月にかけて、めまいを主訴に同院救急外来を受診した患者884例の内訳を調べたところ、末梢性めまいが全体の約7割、中枢性めまいが6%、残り25%は循環器疾患系や精神疾患系などのめまいが占めていた。

図1

図1 めまいの分類(新井氏による) 新井氏が患者への説明に活用している図。末梢性めまいの中で最も多い良性発作性頭位めまい症(BPPV)は、突然発症した繰り返すめまいに分類される。メニエール病は耳鳴りや難聴といった蝸牛症状を伴うのに対し、BPPVは蝸牛症状を伴わず、特定の頭位によって引き起こされる。

リハビリの併用で難治性のめまいが改善
  ここで、新井氏が行う「めまいのリハビリテーション」の考え方を整理しておこう。

  めまいに対する理学療法としては、一般に、良性発作性頭位めまい症BPPV)に対するエプレ(Epley)法がよく知られている。BPPVは、特定の頭位で誘発されるめまい(頭位誘発性めまい)と、随伴する眼振を特徴とする。病因は、内耳の卵形嚢にある径0.03mmほどの耳石が頭部外傷や加齢などによってはがれ落ち、三半規管に入り込むためと考えられている。エプレ法は、決まった順序で頭部をゆっくり動かすことで、はがれ落ちた耳石を卵形嚢に戻すという方法だ。

  一方、新井氏が患者に指導するのは、BPPVに対するエプレ法だけでなく、末梢性めまいを中心としためまい全般に対する、平衡訓練としてのリハビリテーションだ。

  そもそもめまいの多くは、一側の内耳が障害され、前庭神経核の働きに左右差が生じるために起こる。前庭神経核に左右差が生じると、回転性めまいや病的眼振などのめまい症状が表れる。

  ただし、生体にはもともと、一側の内耳機能が障害された時に、健側の小脳の活動によって左右の前庭神経核機能のバランスを保とうとするメカニズムも備わっている。中枢性(前庭)代償と呼ばれるこの作用は、視刺激、前庭刺激、深部感覚刺激という3つの刺激の反復によって獲得されることが知られている。そのため、視線を動かす、頭頸部を動かす、足踏みや歩行といった訓練を繰り返し行うことで、めまいの症状が軽減されると考えられる。

  「フィギュアスケートの浅田真央選手がトリプルアクセルやスピンなどの回転演技を行っても、ふらついたり転んだりしないのは、日頃の練習によって、回転した後の目の動き(回転後眼振)を出にくくするようなシステムを獲得しているため。めまいのリハビリも同じ理屈で、平衡訓練を繰り返すことで、前庭性左右差の改善を認め、結果的にめまい症状が改善されていく」と、新井氏は説明する。

  めまいのリハビリテーションに取り組もうとする患者に対し、新井氏は最初の段階で入院によるリハビリ治療を勧めている。実際、新井氏が09年5月から8月にかけて、薬物療法では改善しなかっためまいの患者161例に対し、原則5日間の入院でリハビリテーションを指導し4週間継続させた結果では、めまい症状の指標であるDHIスコアの平均値はリハビリ開始時点から有意に低下した(図2、Equilibrium Res.2010;69:225-35.)。

図2

図2 リハビリを併用しためまい治療の効果 対象は他院や自院で症状の改善がみられなかったり治癒しなかっためまいの患者。男性39人、女性122人、平均年齢62.1歳。原則5日間の入院で集団リハビリを施行し、退院後も継続するよう指導した。薬物療法として全例にベタヒスチンメシル酸塩18mg/日、アデノシン3リン酸ナトリウム製剤3g/日の内服を併用。めまい患者の総合的な重症度を評価する尺度であるDHI(dizziness handicap inventory)で、入院初日と退院4週間後を比較した。比較の対象となったのは160例。疾患の内訳は、水平半規管型BPPV73人、後半規管型BPPV24人、メニエール病12人(いずれも疑い例含む)、遅発性内リンパ水腫1人、前庭神経炎9人、慢性中耳炎由来の内耳障害4人、突発性難聴に伴うめまい13人、原因不明の反復性平衡障害14人、原因不明の持続性平衡障害7人、外傷性めまい1人、中枢性めまい3人。

新井氏は急性期のめまいに対しても、発作に伴う吐き気や嘔吐が軽快し、座位が取れるようになった時点でリハビリを開始するという。「めまいの急性期に『動くとめまいが起こるから』といって安静にしていたために、廃用性の平衡機能低下を来し、かえってめまいが慢性化するケースも少なくない」(新井氏)。そのため、“めまいは寝てては治らない”をモットーに、新井氏は早期からの積極的なリハビリテーションによる治療を推奨している。

15年間で8000人にリハビリを指導
  新井氏は1996年から、横浜赤十字病院(現横浜市立みなと赤十字病院)でめまいのリハビリテーションを実践してきた。現在までに同氏の“特訓”を受けためまい患者は延べ8000人に上るという。リハビリのメニューは、「めまいリハの祖」と呼ばれるT Cawthorne氏とFS Cooksey氏が1940年代に提唱した方法、それを基に北里大名誉教授・徳増厚二氏らが考案した「北里方式」などをベースに、新井氏が改良を加えた。

 日野市立病院耳鼻咽喉科部長の五島史行氏も、めまいのリハビリを新井氏に学んで実践している1人。月1回、4〜6人の患者を集め、自作のDVDを教材にリハビリを指導し、その後は個々に経過観察を行っている。

  新井氏がリハビリの対象を基本的にめまい全般としているのに対し、五島氏は「リハビリの適応となる症例を選ぶ必要があるのではないか」という考えだ。五島氏は、リハビリは前庭機能の低下による、動作時に起こるめまいに対しては有効とみる一方、「不安やうつ傾向が強い患者や、老人性平衡障害、罹患から長期間経過した高齢者の前庭神経炎などに対しては、効果が得られにくい傾向にある」と話す。

開始直後の不安解消には十分な指導が必要だが…
  新井氏によれば、めまいに対するこうしたリハビリは、米国では古くから一つの学問体系として確立されているという。一方、わが国ではごく限られた医師と医療機関でしか実践されていないのが現状だ。「リハビリを始めた直後はめまいやふらつきが誘発されるため、不安を感じた患者は効果を実感する以前にリハビリをやめてしまう。継続させるためには十分な説明や指導が必要だが、そのためのマンパワーが足りない」と新井氏は嘆く。

  めまいのリハビリ単独では保険点数が設定されていないことも、めまいのリハビリが広がらない大きな原因だろう。横浜市立みなと赤十字病院はDPC対象病院のため、めまいの入院治療として包括で請求しているが、リハビリを指導する労力や資料代などを勘案すると採算度外視のサービスになっている。「診療報酬による評価を得るためにも、今後はリハビリ単独の効果を臨床試験などで検証していく必要があるだろう」と五島氏も話す。

  新井氏は、自らが実践するリハビリテーションの動作や注意点をまとめた書籍「めまいは寝てては治らない」(中外医学社)を昨年2月に出版。全21種類の動作を収録したDVDが付いて価格は1365円(税込み)とした。「少しでも多くの医師や患者さんにめまいのリハビリテーションについて知ってもらいたいと考え、本を出版した。患者の紹介や当科の見学、出張講演も受け付けているので、興味を持った方は連絡してほしい」と新井氏は話している。

めまいのシチュエーション別に21の動作

 横浜市立みなと赤十字病院耳鼻咽喉科部長の新井基洋氏が考案した、めまいのリハビリテーションのメニューは、全21種類(表1)。各メニュー、つまり患者に行ってもらうそれぞれの動作は、「視線を変えたときにふらつく」「寝返りを打ったときにふらつく」といった、めまいが起こる状況に対応しており、大きく5つのレッスンに分類されている。

  同院では、入院中に21種類の動作をすべて指導し、退院時には新井氏が、めまいの原因となっている疾患別に最低限行うべきメニューを指示している。患者にもめまいが起こりやすい状況は各自で把握してもらい、それに対応する動作も重点的に行ってもらう。退院後はチェックシートを使って、毎日それぞれの動作をこなしているかどうかを「完璧」「ほぼ完璧」「少しフワっとする」「目が離れる」「未習得」のいずれかで評価、記録してもらい、外来で経過観察を続けている。

表1

表1 新井氏が考案しためまいのリハビリテーションの動作 「視線を変えたときのめまいに」「歩行時のめまいやふらつきに」など、めまいが起こる状況に応じて全21種類の動作がある。横浜市立みなと赤十字病院では、まず、レッスン1とレッスン2の7つの基本動作を患者に指導する。*画像クリックで拡大

 21種類の動作の中でも基本動作と位置づけられているのが、(1)「速い横」から(7)「はてな」までの座位で行う7つの動作。視線を変えたとき、あるいは頭を動かしたときに起きるめまいに対応するこれらの動作は、患者にも真っ先に覚えてもらうメニューだ。

視線を動かすレッスンでは頭を動かさない
  視線を変えたときのめまいに対しては、視運動によるリハビリ、(1)速い横(2)速い縦(3)ゆっくり横(4)ゆっくり縦――を行う(2ページ図1) 。

  (1)「速い横」は、急に左右に視線を変えたときに生じるめまいに有効な動作だ。患者には、目の前を横切ってすばやく飛び去る鳥を見たときにくらっとなるようなケースとイメージしてもらえば分かりやすいだろう。

  「速い横」のやり方はこうだ。両腕を伸ばして肩幅より広く開き、親指を立てて手のひらを握る。左右の親指を交互に追うように、視線を動かす。この時、頭を動かさないよう注意する必要がある。行進と同じくらいのテンポで、「1、2、3、4、・・・」と声に出して数を数えながら行う。

  交差点で立ち止まっているときに自転車が目の前を通過していくのを見るとくらっとする。こういった、左右にゆっくり物が動くのを見たときに生じるめまいに対しては、(3)「ゆっくり横」が効くという。利き手の親指を突き出して腕を前方に伸ばし、その腕を左右にゆっくり動かしながら、親指の先を丁寧に目で追いかける。もう片方の手で顎の先を押さえ、頭を動かさずに視線だけ動かすのがポイントだ。

図1

図1 視線を動かしたときのめまいに効果的な4つの動作 (1)と(2)は腕をしっかり伸ばし、親指のつめをしっかり目で捉える。(3)と(4)も腕を伸ばし、ゆっくり丁寧に親指のつめを目で追うのがポイント。いずれも視線を動かすリハビリなので、頭が一緒に動かないよう注意する。「めまいは寝てては治らない」(新井基洋著)より一部改変。*画像クリックで拡大

日常動作に伴うめまいに三半規管の刺激
  頭を動かしたときに起こるめまいに対しては、三半規管を刺激する、(5)振り返る(6)上下(7)はてな――が効くという(図2) 。

  (6)「上下」は、顔を洗ったり靴ひもを結ぶなど、下を向いたときに起こるめまい、洗濯物を干したりうがいをするときなど、上を向いたときに起こるめまいに効くという。まず、右腕を身体の正面で伸ばし、親指を立てて左側を指す。視線は親指を見つめたまま、頭を上下に30度ずつ動かす。これを20回、声に出して数を数えながら行う。高齢者や頸部を痛めている患者は、速く動かし過ぎたり何度も行うことは避ける必要があるが、重要なのは、めまいを感じても中止せず続けてもらうことだという。

図2

図2 頭を動かしたときのめまいに効果的な4つの動作 腕を伸ばして親指の先を正視したまま、頭を動かす。視線や手は動かさない。くらっとしても中止しないことが重要。首に異常がある場合や高齢者は、極端に速く行ったり繰り返し行うことは避ける。「めまいは寝てては治らない」(新井基洋著)より一部改変。*画像クリックで拡大

目を閉じて50歩足踏み、大きく動いていたら要注意
  立位で行うリハビリは深部感覚刺激を利用する。直立時のめまいに対する6種類、歩行時のめまいに対する4種類のパターンがある。

  その中の1つである(11)50歩足踏みは、歩行時に起こるめまいの程度を予想する方法としても使える。 両手を肩の高さまで上げ、目を閉じて、声に出して数を数えながら50回足踏みする。終了後、目を開けてみて、最初に立っていた場所から左右いずれかに45度以上など大幅に移動していたら要注意。そういった場合には遠出や車の運転を控えるなど、日常生活におけるめまいの起こりやすさのバロメーターとして、患者に使ってもらっているという。

  なお、立位でリハビリを行う際は、安全な場所で介助者にサポートしてもらうなど、「転倒防止には十分に気を付ける必要がある」(新井氏)。

  本稿で紹介したのは、めまいのリハビリのメニューの一部。このほかに仰臥位で行うリハビリもある。全21種類のリハビリの詳細は、書籍「めまいは寝てては治らない」(新井基洋著、中外医学社)で紹介している。

  続けてもらえば効果が期待できるとはいえ、めまいの患者の多くは中高年のため、リハビリの動作を覚えるのも一苦労だ。指導を行う人手も限られている。そういった状況でも、リハビリを習得し継続してもらえるよう、横浜市立みなと赤十字病院では様々な工夫を凝らしている。Vol.3では、そんな工夫が詰まった同院のグループリハビリの様子を紹介する。

2011.02.21-22 記 事提供:読売新聞