White Family dental-site


最新の社会情勢レポート!!

うつ治療を見直す

1 うつ治療「薬物偏重」と精神科診療所の7割

 国内の患者数が100万人を超えたうつ病の治療について、読売新聞が3-4月、全国の精神科診療所にアンケート調査を行ったところ、7割が「日本のうつ病治療は薬物に偏っている」との認識を示した。

多すぎる薬の服用による副作用や、薬だけでは治りにくい患者の増加など、近年指摘されている課題が反映された形だ。

調査は日本精神神経科診療所協会加盟の1477施設に行い、119施設から回答を得た。日本のうつ病治療の多くは薬物治療中心だが、調査では、薬物偏重の傾向があると「強く思う」が19%、「ややそう思う」が54%と、7割が懸念を示した。

最近増えたとされる軽症患者に行う最初の治療は、「薬物治療だとは思わない」が41%。優先すべき治療として、患者の話を聞いて問題解決を図る精神療法や、仕事を減らしたりする「環境調整」も多く挙がった。英国の診療指針では、軽症者の最初の治療は、カウンセリングなどを勧めている。

一方、抗うつ薬を何種類も服用すると、無気力やイライラなどの副作用が強くなる恐れがあり、処方は1種類が基本。しかし、「患者の過半数に複数の抗うつ薬を処方している」との回答が14%に上った。

大野裕・慶応大保健管理センター教授(精神科医)は「悲観的になりがちな患者の考え方や行動を変える認知行動療法など、治療の選択肢を増やすことが重要だ」と話す。

2010.5.4 記事提供:読売新聞 




2 自殺の陰に過剰な投薬

 「その瞬間は記憶がなく、気づいたら病院でした」

  東海地方の女性(24)は昨年、自宅2階のベランダから飛び降り、全治3か月の打撲傷を負った。

  気分の落ち込みが続き、精神科を受診したのは19歳の時。抑うつ状態と診断され、抗不安薬と睡眠薬を飲んだが改善しない。抗うつ薬が追加され、他の薬の数も増えていった。

  生理が止まり、乳汁が出た。衝動的になり、自宅で物を投げるなど暴れた。幻聴や被害妄想も表れた。パーソナリティー障害、不安障害、統合失調症……。病名が次々と増え、入退院を繰り返した。「死にたい」が口癖になり、ベランダから飛び降りた頃は、1日20種類前後の薬を飲んでいた。

  抗うつ薬の使用説明書には「24歳以下の患者で、自殺念慮、自殺企図のリスクが増加するとの報告がある」と記されている。だが女性は「医師から説明を受けたことはない」と振り返る。

  女性は医療機関を替え、薬を減らして回復。今は、ごく少量の抗不安薬と漢方薬の服用で元気に暮らす。

  主治医の牛久東洋医学クリニック(茨城県牛久市)院長、内海聡さんは「最初の抑うつ状態は家庭内の不和が原因。そこに全く手をつけず、過剰な投薬で様々な精神症状を生み出した医師の責任は重い」と語る。

  自殺者は昨年も3万人を超えた。国の調査では、亡くなる1年以内に精神科を訪れた自殺者は、調査対象の半数に上る。早めに精神科を受診し、適切な治療で死を思いとどまる人も少なくないが、必ず救われるとは言えないのが現状だ。

  さらに、治療の不適切さもある。全国自死遺族連絡会が会員約1000人に行った調査では、最も衝動性が高い「自宅からの飛び降り」で死亡した72人は、全員が精神科に通院中で、1日15-20錠前後の薬を処方されていた。

  同会の田中幸子さん(61)も5年前、薬の怖さを実感した。警察官の長男が過労の果てに自殺し、「眠ったら息子に悪い」と、葬儀後も自分を責めて不眠に陥った。精神科を受診し、睡眠薬を処方された。

  「寝ない!」と抵抗する心身を、睡眠薬でねじ伏せようとした。すると、眠くなる前に感情が高ぶり、記憶が途切れた。後から聞くと、大きなソファを放り投げてしまっていた。

  内海さんによると、睡眠薬で酒酔いに似た状態になり、感情が抑え切れず爆発してしまう人もいる。「不眠の原因を探り、癒やす治療をしなければ、睡眠薬ですら思わぬ行動の引き金になる」と警告する。

2010.5.4 記事提供:読売新聞 




3 考えの偏り 改める療法

 3年前、東京都の文具店で派遣社員として働いていた女性(32)は、リストラで社員が減り、商品の発注から万引き対応まで、数人分の仕事を1人でこなした。

  大きなストレスがのしかかり、やがて頭痛や吐き気など体の不調が起こった。仕事中、突然涙が止まらなくなったりもした。

  銀座泰明クリニック(中央区)で、軽いうつ病と診断された。抗うつ薬を飲みながら、一時休んだ仕事を再開。しかし周囲の状況は変わらなかった。

  仕事中、気力がなえて立っていられず、店の隅で何度も座り込んだ。客と話すのもつらくなり、ついに仕事を辞めた。働けない自分を責め、うつ症状は悪化、家に引きこもった。

  そこで、同クリニック院長の茅野分さんから、考え方の偏りを治す「認知行動療法」を勧められた。軽度から中等度のうつ病で薬物治療と同等の効果があり、かつ再発しにくい。薬と併用すると、より治療効果が高いという研究もある。

  根拠もないのに思い込む、短絡的に結論づける、すぐに自分を責める--などの傾向がある人は、特に効果が期待できる。

  女性はまず、家で過ごす時や外出した時などに、日々の行動、その時の気分、頭に浮かんだ考えをノートに詳しく書き留めた。月2回の認知行動療法で心理士にノートを見せ、話をする。

  マイナス思考になっていると、心理士が「別の見方、考え方はできませんか」と問い、一緒に考えていく。

  たとえば、女性は仕事を辞めてからも毎朝8時に起きていたが、「遅すぎて恥ずかしい」と感じていた。その理由を聞かれると、「社会人は6時に起きて働くべき。できない私はダメ人間」と答えた。

  「毎朝決まった時間に起きているのだから、むしろ褒められてもいい」。心理士の助言に、女性はハッとした。「私は悪くないんだ。思い込みだったんだ」

  治療を続けて次第に気力が戻り、1年もすると抗うつ薬がいらなくなった。「うつ病は、自分の考え方のクセを知り、向き合うことで治ると実感した。薬でごまかしていたら、回復できなかったかもしれない」

  認知行動療法は先月から、医師が行う場合は健康保険が使えるようになった。しかし、専門知識のある医師は少なく、治療を受けられる施設は限られる。

  慶応大保健管理センター教授の大野裕さんは「心理士や看護師らも取得できる認知行動療法の公的資格を作り、薬以外の治療の選択肢を早急に広げる必要がある」と訴える。

2010.5.5 記事提供:読売新聞