White Family dental-site



インプラント治療の“価格競争”は何をもたらすだろうか

インプラント
  近年歯科用医療機器の発展と治療技術の向上により、インプラント治療が簡単に施術できるようになった。インプラント治療普及の背景には、保険診療では診療報酬の限界から厳しい経営を強いられているため、自由診療への移行を目指す歯科医師が増えていることが挙げられ、また国民の認知度も上がっていると言える。

  だが、その一方で低価格を揚げ、患者を集め、インプラント治療を施す歯科医院も増えている。それぞれに安全をうたってはいあるが、はたして本当に安全なのか。また、インプラント治療の価格競争は、歯科界にいったい何をもたらすのか。低価格のインプラント治療について、実情を探った。

■デフレ下の歯科医業
 昨年11月の月例経済報告で、政府はデフレ宣言を行った。
景況感が悪くなると、歯科は受診抑制の影響を受けやすい。特に、自由診療は顕著に抑制される。
個々の歯科医院は、隣接する歯科医院への差別化として、最新機器などの設備導入や、専門医などの資格取得による優位性を訴求ポイントとしてウェブサイトに掲載して集患、増患に工夫を凝らしている。
  そのなかで、低価格のインプラント治療を標榜する歯科医院が増えているのは、集患、増患対策、すなわち経営戦略の1つと見ることができる。

■差別化の1つ?
 これまでのインプラント治療費は、インプラント体や上部構造、手術代を含めて、1本当たり約40〜60万円というのが一般的な相場であった。しかし昨今では、主要なウェブサイトで「インプラント」を検索すると「1本10万円代」を標榜する歯科医院が目に付く。

 そこで参考までに、病院や歯科医院の治療費を比較するウェブサイト「治療費.com」 (www.chiryohi.com)で、インプラント治療費を比較したページを見ると、1本当たりの最低価格として「10万円(インプラント体、上部構造、手術代を含む)」(東京都A歯科医院)、「13万6,500円〜」(大阪府Bデンタルクリニック)などの価格が掲載されていた。ただし、同サイトによる比較検索でも、こうした「上部構造込みで10万円代」という歯科医院は、東京や大阪などの政令指定都市圏でいくつか見かけるだけであり、47都道府県平均最低価格は20万4,166円となっている。
 にもかかわらず、首都圏では1本10万円代で標榜する歯科医院がウェブサイトを初めとして雑誌や看板などの広告欄をにぎわせている。なぜここまで安くなるのか?

■低価格の仮説
 その理由を探るべく行っていた予備的な調査・情報収集の段階で、ウェブサイトに歯科関係者が掲載していた「一般的に自由診療は、原価(材料費)の5〜6倍」という記述が目に止まった。これを事実とすれば、某メーカーが提供する1回法のインプラントシステムの原価が1本当たり5万円として、その6倍の値段は30万円となる。これにコーンビームCTなどの検査費用(5,000〜2万円程度)を加え、さらに消費税を加算すると、1本当たり32〜33万円。さらにCAD/CAMといった機器や手術質などの設備投資、感染対策費用、技術料、人件費などを計上していくと、1本当たりおよそ40万円という、標準的なインプラント治療費とほぼ合致することがわかる。

 つまり、逆に言えば、費用10万円台の低価格インプラントを可能にするためには、設備投資や技術料を極限まで抑え、インプラントシステムの仕入れ価格を1本2〜3万円程度とせざるをえないということだ。
 この仮説を裏付けるべく、「低価格インプラント」を標榜している首都圏の歯科医院数件に取材を申し込んだ。しかし、そのほとんどが「取材拒否」という回答であった。

■低価格標榜は患者の要望
 取材拒否が相次ぐなか、ようやく匿名を条件として2件の歯科医院に取材をすることができた。
最初に取材をしたのが、首都圏で開業、「18万円インプラントコース」を標榜するC歯科医院。昨年の治療実績が60〜70本。40〜50歳代の男性患者が多く、審美性よりも機能性を重視する患者が多いようだ。
 同医院では、これまでは海外メーカーのインプラントシステムを用いて30万円の治療費を設定していたが、患者から「費用が安くなるならインプラント治療をして欲しい」との要望が重なった。そこで、低価格で販売している国産メーカーのインプラントシステムを導入し、治療費30万円から18万円へと大幅な低価格化を実現させることとなった。
 さらに、同医院では、感染対策の省略も行われている。院長は「感染については非常に気にしている患者も多いが、そもそも口腔内には多様な感染源があるため、感染リスクはさほどの脅威とは感じていない」とし、「専用に手術室を用意できれば理想的だが、その分のコストが治療費用にかかってしまう」と打ち明けた。

 次に取材を行った都内D歯科医院では、自由診療の患者がおよそ9割を占める。院長は「よいものを安く」という考えのもと、「インプラント1本当たり16万円〜」にして治療しており、C歯科医院と同一のメーカーのインプラントシステムを採用している。「仕入れ値は1本3万円」とのことだが、そのメーカーでは、100本購入すると1本当たり2万円までに低下するのだという。
 院長に来院状況を聞くと、「低価格設定で、遠距離からの患者もインターネットで検索し来院してくれるようになった。不況になってよかったと思う」と応じ、「当院では全国から集患しているので、近隣のクリニックは競合とは考えていない」と、余裕を見せた。

■メーカーも取材を拒否
 取材に協力いただいた2件の歯科医院の例からもわかるように、やはり、インプラント治療の低価格化のおもなカラクリとして考えられることは、技術料抑制、設備投資削減、廉価仕入れである
 このうち、技術料抑制と設備投資削減は個々の歯科医院で行うものだが、廉価仕入れはメーカーに依存する。では、メーカーは製品価格を抑える工夫として何を行っているのか。想定されるのは、開発コストをはじめとし、原材料費や人件費、広報費、中間マージンなどの抑制である。
 両医院で使用されているという国産メーカーに、低価格で提供できる仕組みやアフターケアの有無など、いくつかの項目を質問するため取材を申し入れたが、取材は拒否され事情を聞くことはできなかった。

■患者は低価格に伴うリスク認識を
 患者の要望に対して誠実に応じた結果の低価格実現ではあるが、医療を「安さ」のみで評価する場合、そこには標準的なインプラント治療では避けられたはずのリスクも内在することになる

 感染対策が不十分であれば各種の感染リスクも高くなり、埋入されるインプラント体が十分に安全性の検討されていない製品である場合は、短期間での脱落や偶発事故につながる恐れがある。しかも、低価格のインプラント治療では多くの場合、保証期間が短縮されている
 例えばD歯科医院では、インプラント治療後の保証期間を「1年間」としている。その理由について、「定着しないで脱落する場合、ほとんどが2、3か月以内。つまり、その期間内に定着すれば簡単には脱落しないため」と述べており、「1年保証は決して短い期間ではなく、妥当な期間」とのことである。

 一方で、最大手のインプラントメーカーは、インプラント体の保証期間を「10年間」と設定している。
そこで、症例数6,000本以上の実績をもつ神奈川県海老名市の歯科医師に、同様の質問を投げかけた。「インプラントが脱落する場合、上部構造装着後1年未満が最も多いことが数多くの文献で証明されている。術後1年持つ場合には、長期間維持できる可能性が高い」としながらも、「裁判になった場合、短期保証では医療従事者側の責任が問われる」とし、「当院の保証期間は10年間」とのことであった。
 患者は安さを求めるが、そこには理由がある。患者はそのことを十分に理解して治療を受ける必要があり、また、歯科医師もそのリスクを十分に患者に説明して治療を提供する義務がある。

■歯科医療の矜持は「治療結果」
 もちろん、経済的な事情で「とにかく少しでも安いインプラント治療」を求める患者もいる。しかし、インプラント治療は決して簡単なものではなく、十分な感染対策のもと、信頼しえるインプラントシステムを用いて行っても、トラブルをゼロにすることはできない。
 もしも、歯科医師自身が低価格のインプラント治療に伴うリスクを軽視し、一時的な収益のために安易に治療してしまった場合、歯科界へ与える打撃は非常に大きい。トラブルが続けばインプラント治療そのものが疑問視され、さらには歯科医師の教育を含めた歯科医療全体の質が問われることとなる。

 患者が安心して受診するには、信頼できる行き届いた治療環境が必要である。そのためにはハードとソフトの充実、つまり最新機器や材料の導入、そして歯科医師自身の技術研鑽が必須となる。
特に、インプラント治療に関する材量や技術の発展は著しく、歯科医師は積極的に学会や講習会に参加するなどして最新知見を吸収することが望ましい。
  歯科医師の生涯教育は、自分と患者のために投資である。最新機器の導入にも自己研鑽にも高額な費用が必要とされるため、極端な低価格設定では、こうした投資は難しくなるのではないだろうか。
 歯科医療従事者の矜持は、「価格」ではなく「治療結果」にある。的確な治療を提供し、患者QOLを維持する責務を負っていること忘れてはいけない。

2010.1 記事提供:DENTAL TRIBUNE