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思想としての8020 2012年頭所感
日本歯科医師会会長 大久保 満男


 会員の先生方におかれましては、つつがなく新年をお迎えになられたこととお慶び申し上げます。また、昨年は本会の会務に多大なるご理解とご支援を賜りましたことに心より御礼を申し上げますとともに、本年も変わらぬご厚情をお願い申し上げます。

 今、世界は大きく揺れ動いています。2008年のリーマンショックからの世界不況は未だ続き、そこからの欧州市場の凋落は世界に深い不安の影を投げかけています。さらに我が国は、あの3月11日の東日本大震災による被害からどのように立ち直るか、未だ混迷の中にあります。

 以前から、一世紀の始まりに、その世紀を特徴付ける事態が起こると言われてきました。

 先の20世紀は戦争の世紀と言われていますが、これは初頭に第一次世界大戦が起き、その整理もつかぬうちに第二次世界大戦が始まり、その後は米ソの冷戦状況が1990年まで続いたことを見れば、まさにその通りだと考えられます。

 では21世紀はと考えれば、2001年9月11日の同時多発テロが、その象徴でないかと言われました。そして次に2008年9月15日のリーマンショック、そして2011年3月11日の大震災と原発事故。これら3つの事態は一見脈絡なく起こっているようですが、実は根底にあるのは、欧米が創ってきた科学を始めとする技術に対する厳しい批判であり、反逆であると考えられています。

 同時多発テロはジェット機を武器にしてツインタワーという経済と文明の拠点を破壊することであり、リーマンショックは金融工学という技術で欧米が創った資本主義の市場を危機に陥れ、そしてこの大震災は津波という自然が防波堤や原発という技術をあっさりと打ち破りました。これらの事態に、文明社会をすでに持ってしまった我々が、どのように自らの生活のスタイルを変えられるのか、とてつもなく重い課題を背負ってしまったと思います。技術が全てを解決するという思考が過度の技術への過信となり、それが我々に刃を突きつけているというイメージが頭から離れません。そして、仮に21世紀が先に述べたような時代であるとしたならば、これからも深刻な事態への対応に迫られることだと思います。根本的な解決策など極めて困難な状況を抱えつつ…。

 そのような中、我が歯科界に目を転ずれば、昨年はまず「歯科口腔保健の推進に関する法律」が衆参両議院の本会議において全会一致で可決されたことは、まだ記憶に新しいことだと思います。この法律は、歯科保健・医療の大切さが国において認められたことの証ですが、同時にこれは、我々が新たな地平に立ったことを意味していると、私は考えています。

 それを、私は「思想としての8020」という言葉で表しています。これは、8020が一人の人間の80年という人生の縦軸としての時間軸によって成立することから始まります。例えばここでは、20歳の成人式を迎えた若者に「君の60年後の人生を口の状況からイメージしてみて」という問いかけが可能であることを意味します。日々の営みとしての時間が60年積み重なった未来を想像することは、他の臓器では困難でしょう。「60年後も今のように歯が揃っていて何でも食べられるのか」「口元は若さを保てているのか」―これらの問いは8020という概念によって初めて可能となるのです。

 しかし同時に、人は一人では生きられません。自分の健康、特に自らの未来の在り方が大切ならば、横に立つ家族や友人や地域の人々のそれもまた大切なのでしょう。この自分だけではない他者への思い、それが歯科口腔保健の推進に関する法律であると、私は考えています。

 我々は、生きていく目的をどこに置くのか。技術はその手段であって目的ではありません。このような考え方が、技術への過信から我々を解き放ってくれるのではないのかに、かすかな期待を持つだけです。

 我々歯科医師は、自らの足場である歯科保健・歯科医療を通して、我々の行為への考えを深く、そして広く突き詰めていくこと。それが思想としての8020として、新たな歯科医療への道を切り拓いていくことと確信しています。

 本年が、歯科界にとって希望多き年であることを祈念し、年頭の挨拶といたします。
 

2012年1月8日 提供:日本歯科医師会広報