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今井庸二先生のコラム:
へき地でのう蝕乳臼歯処置の有用で効果的方法?

Journal of Dental Research 2011年12月号1405-10頁に掲載されている論文「乳臼歯う蝕の封鎖:ランダム化比較試験5年の結果」の要旨に目をとおした時、小児歯科ではこんな"非常識的"治療もあり得るのかと驚いた。しかし、全文を読んだ後には、それもう蝕乳臼歯処置の新たな選択肢として検討する価値があると思うようになっている。

その"非常識的"な処置はHall Technique(HTと略)と呼ばれている。2面以上にう蝕のある乳臼歯処置には既製乳歯金属冠(Preformed Metal Crown、PMCと略)を装着するのがよいとされている。標準的方法は、局所麻酔、う蝕の完全除去、近心・遠心・咬合面の切削、PMCのクリンピング・トリミングなどして合着とされている。一方HTでは、局所麻酔は行わず、う窩からの食物やその残渣の除去程度でう蝕の部分除去もせず、いかなる歯面形成も行わず、適切なサイズのPMCを選んでグラスアイオノマーセメントを盛り、それを歯面に被せ、指圧あるいは子供自身の咬合力で合着する。

HTを始めたスコットランドの女性の一般開業歯科医(GDPと略)であるDr.Hallによれば、HTは患者、親に受け入れられ、速く、使いやすく、臨床的にも効果的だという印象があるという。そこで、それを検証するためまとめられたのが、2006年のBritish Dental Journal200巻8号451-4頁に掲載の論文であり、Dr.Hallの1988〜2001年における臨床記録を後ろ向き分析したものである。象牙質に達するう蝕があり、臨床・歯髄症状のない259人の患者(2〜11歳、平均5.9歳)に978個(一人当たり1〜8個、平均4個)のPMCを装着した。抜歯やPMC脱落のない3年および5年生存率はそれぞれ73、68%であった。これは、これまで報告されている通常の修復法における2年成功率70〜95%、3年成功率50〜93%と同様であり、グラスアイオノマーやコンポジットレジン修復よりはよい傾向にあると考えられた。なお、HTについては、2000年に予備的試験結果がウェブ上に公表されていたが、詳しいことはこの論文が初めてである。

後ろ向き分析である上記論文の信頼性を補うため、ランダム化比較試験が計画・実施され、その結果が冒頭で引用した論文となっている。これは、スコットランドの17名のGDPが協力して患者132名(3〜10歳)(被験歯264本)、同一患者の口腔内でHT処置とGDPの標準的修復処置(対照)を比較するスプリットマウス法で臨床試験を行った結果である。91人(69%)が4年以上追跡でき、5年でのHT群と対照群の成績はそれぞれ次のようであった。不良(不可逆性歯髄炎、失活、膿瘍、修復不能)は3例(3%)および15例(16.5%)、概良(可逆性歯髄炎、修復物の脱落/磨耗/破折、二次う蝕)は4例(5%)および22例(17%)であり、いずれの場合も両群間で高度な有意差があった。2〜60月の追跡結果全体としては、不良は3例(2%)と22例(17%)、概良は7例(5%)と60例(46%)であった。このようにHTによるう蝕の封鎖は、統計的にも臨床的にもGDPの標準的修復よりも長期的にすぐれていた。こうした結果は、報告されている二次診療における標準的修復の試験結果と同等であった。HTは、忙しい一次診療の環境の中でのう蝕乳臼歯処置において、失敗が少なく、したがって再処置率の低い、予知性のある修復の選択肢となり得るとしている。

英国では大多数の子供の歯はGDPが治療しているが、スコットランドのGDPでは修復処置中0.4%しかPMC修復をしていないという2001年の統計があり、さらにスコットランドではかなりの子供の乳歯が未処置のまま放置されているという現実があるとされる。このようなスコットランドの歯科事情を考えると、HTはかなり重要な役割を担える可能性がある。スコットランドのGDPにおけるHTの利用に関する最近のアンケート調査(European Pediatric Dentistry, 2011)によると、回答したGDP715人中の86%はう蝕乳臼歯の修復法としてHTを知っており、その48%(318人)は利用しているという。

HTの背景や裏付け、症例選択に関する情報、実際のやり方などを記したマニュアルがDundee大学から公開されている(www.scottishdental.org/index.aspx?o=2802)。それによれば、臨床試験ではHTが大多数の子供、親、臨床家に受け入れられることを示している。しかし、HTはう蝕乳臼歯治療の簡単で速い解決法では決してなく、また万能な方法でもない。成功のためには、注意深い症例の選択、高レベルの臨床的スキル、患者のよい管理が必要である。それとともに、う蝕予防プログラムを常に提供しなければならない。HTは、すべての歯、子供、臨床家に適合するわけではないが、う蝕乳臼歯処置の有用で効果的な方法にはなり得るであろう。

2006年のBritish Dental Journal の論文に対して、同誌の投書欄にはかなり厳しいコメントが寄せられている。GDPの診療記録をもとにした後ろ向き研究であり、EBDあるいはEBMとは言い難い;発展途上国では役立つだろう(200巻11号、2006)。歯科医の治療をまともに受けられないような事情がある場合(例えば戦争地域)には役立つであろうが、日常の小児治療には必要ではない;PMCのための麻酔や歯面の形成は簡単なことである;子供は経験の浅い歯科医によって実験されるヒトのモルモットではない(204巻9号、2008)。こうしたコメントに対する回答として冒頭の論文は役立つであろう。

我が国の場合、HTが取り入れられる可能性があるのか筆者にはわからない。しかし、都市部で歯科医にすぐに診てもらえる恵まれた環境にある子供は別としても、現在のような経済、地方の過疎化、児童虐待の状況などを考えると、HTで子供の歯を守ることがあってもよいのではないかという気がしている。とりあえず、上記ウェブサイトを閲覧することをお勧めしておきたい。

(2011年12月25日)

2012年1月28日