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インプラントの不具合と医療機関の対応


歯科インプラントも歯科治療の重要な選択肢になりつつあり、厚生労働省の医療施設(静態・動態)調査によると、2011年9月では67,183歯科診療所のうち11,311施設(16.8%)で31,003件が実施されている。
このようにかなりのインプラント治療が行われているが、インプラント治療後に不具合が生ずることもあり、患者、医療者ともにこの問題への留意が必要であるように思われる。



インプラントの不具合と医療機関の対応

 歯科インプラント関しては厚労省からの不具合情報提供といったものはなく、今のところ全国的なまとまった情報としては2011年12月22日付けの国民生活センターの報道発表資料「歯科インプラント治療に係る問題−身体的トラブルを中心に−」くらいであり、これによりインプラントの不具合の様子の一端を知ることができる。これは、2006年度〜2011年11月15日に寄せられたインプラント治療に関連する相談の報告である。歯科治療に関する相談13,060件のうち2,086件(16%)がインプラントがらみの相談である。そのうち、安全・衛生または品質・機能・役務品質に関する相談1,063件(51%)、危害を受けたという相談343件(16%)。2006〜2010年度における相談件数は、38、36、56、82、82件、2011年度は途中の11月時点で49件(2010年度の同時期での件数は48件)であり、2009年度以降は横這い状態である。被害者の年代は、60、50歳代ともに約30%、次いで70歳代14%、40歳代11%、そのあとは30、80、20、90歳代の順となっている。女性は男性の約5倍。

身体症状が継続した期間は、1か月以上76%、1〜3年19%、3年以上12%、10年以上4%。身体症状の内容は、痛み74%、腫れ27%、インプラント体破損(欠け、折れ、ぐらつき、脱落等)25%、化膿・炎症24%、“噛み合わせ悪い・あわない”と“麻痺・痺れ・痙攣”とも16%、天然歯への影響(欠け、折れ、不必要な抜歯)12%、“違和感・不快感”と出血とも7%、審美性不満5%であり、以下少数例として、感染症、口内炎、アレルギー・かゆみ、顎関節症・顎関節への影響、歯肉炎・歯周病、蓄膿症が並び、その他(口、口腔、歯)13%、その他の身体症状28%、その他8%となり、痛みが圧倒的に多い。

歯科医療機関を選択したきっかけは、かかりつけ医で受診20%、家族・知人から薦められて19%、インターネットで調べた17%、新聞記事・広告・折込広告16%、以下は、歯科医療機関からの紹介/情報誌(タウン誌、フリーペーパー等)/雑誌記事・広告/広告・チラシ/コマーシャル(テレビ・ラジオ)/著名な歯科医療機関・歯科医師だから/が6%〜3%で並んでいる。インターネットや各種メディアの情報、広告等を合わせた数字は、かかりつけ医で受診の約2.5倍になっている。このことは、被害者は十分な情報を医療機関から受けずにインプラント治療を受け、その結果として不具合が起きて相談を寄せている様子を示唆しているように思われる。

このように不具合が生じた被害者はどのように対処するであろうか?その参考になるような論文「他院でのインプラント治療の既往を有する新来患者の臨床的検討一17年間における動向」が最近の口腔病学会誌81巻1号に掲載されている。1995年4月から2012年3月までの17年間に東京医科歯科大学インプラント外来を受診した新来患者のうち、他院ですでにインプラント治療を受けていた患者を抽出し、初診時の紹介状の有無、主訴、施術医の医療機関を受診しなかった理由、臨床診断を調査した報告である。新来患者総数は17年間で17,241名、そのうち他院においてインプラント治療を受けた既往のある患者は2,419名(14%)、男女比約1:2、初診時の平均年齢59歳。そうした患者は年々増加し,2001年に100名,2008年に200名,2010年に300名を超えた.施術元の医療機関を受診しなかった理由は、「施術医に対する不信感による」が57%、「メインテナンスの必要性の認識不足」26%、「当科受診を薦められた」10%、「施術医の不在・患者の転居」により通院できなくなった8 %であり、施術元からの紹介状持参者は10%。

主訴を大別すると、インプラン卜埋入部位の疼痛・違和感が63% と最も多く、神経症状(下歯槽神経麻痺・非定型顔面痛など)11%、他部位へのインプラント治療相談10%、上部構造への不満(審美的なものから、咀嚼・発音など機能的な問題)8%、メインテナンス希望(施術元の閉院や患者の転居などの事情による)6%、インプラントの脱落3%であった。初診来院時の口腔内所見とエックス線所見による臨床診断では、生物学的合併症(インプラントの喪失や動揺、インプラン卜周囲粘膜炎・周囲炎、2.5mm以上の骨吸収)が46%で最も多く、問題なし25%、補綴的合併症(インプラント体や上部構造・スクリューの破折・ゆるみ咬合の異常や違和感)21%、外科的合併症(神経症状や上顎顎洞へのインプラント迷入、術後疼痛・感染)8%であった。

今回の結果からすると、転院希望の患者の多くはインプラント周囲粘膜炎・周囲炎、術後の炎症・終痛といった合併症であり、そのうちの大半は施術医で十分対応できる内容であり、すべての患者が大学病院のような高次医療機関をあえて受診する必要はないと考えられた。しかし、大学病院という性質上、他院で埋入されたインプラントに問題を抱えた患者が来院する傾向が強い現状を考慮し、「他院埋入インプラント患者への対応指針」を試験的に作成し、それに基づいた対応をしているが、基本的には紹介元または施術元に戻って治療を受けることを推奨している。諸般の事情により転院を希望する場合には、診療情報提供書および依頼書を施術医療機関より受領後、患者からも同意書を取得したうえで加療を開始している。一方、 他院で受けたインプラント治療には問題がなく、新たな部位への治療を希望して来院した患者に対しては、メインテナンスの必要性・重要性を説明し、施術元で追加治療を受けることを勧めている。

インプラント治療は一般的な歯科治療よりもテクニカルエラーの機会が多く、そのような場合には設備の整った医療機関に紹介することが重要であるが、本調査において施術元からの紹介状を持参した患者の主訴や診断は、おもに施術医のテクニカルエラーなどに起因する、インプラントの脱落、神経症状、補綴的合併症、外科的合併症であり、歯科医の対応が的確であることが示された。一方、紹介状なし、または、施術元以外からの紹介状持参患者は、上部構造の不満、疼痛や違和感、不信感、メインテナンスの認識不足といった知識的・心理的な項目が多く、これら多くは歯科医と患者の信頼関係・コミュニケーションで改善できるものである。今回の調査結果から、現状ではインフォームドコンセントが十分ではないことが問題を深くしていると考えられた。

不具合があった場合、民事訴訟に発展することもあるが、死亡事故の場合には刑事訴訟ということも起きている。2007年5月に起きたインプラント治療による死亡事故では、いったんは提訴後3年ほどで民事訴訟での和解が成立していたが、その直後の2011年6月歯科医師は業務上過失致死罪で起訴され、2013年3月4日東京地裁から禁錮1年6か月執行猶予3年の有罪判決を受けた。被告はこの判決を不服として東京高裁に控訴。審理は2014年1月現在まだ始まっていない。

この事故の経緯を大まかに記すと次のようになる。手術の当日はまず左下顎骨に4本のインプラントを埋入後、右下顎第2小臼歯の手術に移り舌側皮質骨に達する直前まで穴を開けてインプラントをねじ込んだが海綿骨では固定できず、皮質骨を意図的に穿孔して固定する術式に変更。これによりインプラントの固定は得られ、アバットメントの取り付けを開始。ところがその途中で患者に異常な反応が現われ、調べてみると口腔底が盛り上がっており、それは出血と判断。インプラント体を取り外したところ、穴から出血。それは圧迫止血で止血でき、再びインプラントを埋入したところ、まもなく、患者の容態が急変。様々な救命措置を施したが効果がなく、救急車を呼び、聖路加国際病院に搬送。そこでさらなる救命措置を施したが、手術翌日死亡。

この事故に対する東京地裁の判決は、意図的骨の穿孔という、一般に用いられない術式にもかかわらず危険性を十分調査検討せず、インプラント埋入窩の形成に当たりドリルの挿入角度や深さを適切に調整しなかったため穿孔先の動脈をドリルで傷つけて出血させ、血腫によって窒息死させたとして過失責任を認めた。

被告人は1987年にスウェーデンでインプラント治療を学び、海外でインプラント治療のトレーニングを受け、死亡事故を起こすまでに3万本以上のインプラント治療を行ってきたとされ、歯科インプラント治療に関しては日本有数の実績を誇る歯科医師であるとされる。本裁判では“意図的に皮質骨を穿孔してインプラントを固定する”という術式の是非も問われたのだが、この術式について、死亡事故以前にも約500症例実施したと被告人は答えている。裁判ではこの術式に疑問符をつけた形になっているが、500症例という実績は重く、一般的に用いられる術式ではないとして無視されるべきではない。新しい試みはいつも一般的ではないのである。これまでは適応外とされた患者の希望にも応えられ、インプラント治療の適応拡大にもつながるものでもあり、今後十分検証されることが望ましいと思う。

この事件は、経験少ない歯科医がミスをしたというものではなく、長年インプラントに取り組んできた被告人が失敗して患者を死亡させ、刑事責任を問われてしまったというものである。こうしたインプラントによる死亡事件、訴訟の影響と思われるような現象が起きていた。それは、2008年では歯科診療所66,758施設のうち14,437施設(21.6%)でインプラント手術が行われていたが、冒頭で記したように2011年9月の診療所でのインプラント実施は11,311施設(16.8%)であり、この3年の間に3,126施設も減少したのであった。2008年民事訴訟提訴、2011年6月刑事訴訟提訴であり、未熟あるいは自信のない歯科医がインプラント治療を諦めた結果ではないかと筆者は勝手に想像したのだが、それはタイミングがよすぎるからである。インプラントの出荷数量の推移を調べると、それはずっと増加を続けており、インプラント手術件数は減少しているとは考えられず、集中化が進んでいるものと思われる。

今後ともインプラント治療は増加するものと推測されるが、それとともに不具合も増えるであろう。インプラントに不具合が生じた患者の多くは、不信感を持った施術医のもとで不具合に対処してもらうのではなく、大学病院等に転院する傾向にあるようであるが、不具合問題の解決には、まずはインフォームドコンセントを十分に行い、歯科医と患者の信頼関係を築くことが必要と思われる。

追記:死亡事故を巡る訴訟については2014年1月29日の「法と経済のジャーナル」を参照したが、これにはかなり詳しく裁判の様子が記されている。

引用:今井庸二 2014年5月1日(木)

更新日:2014年5月28日