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よく噛んでアンチエイジング
 


@“よく噛む”ことと“脳のリハビリ効果”の関係

歯が十分使えないと、学習・記憶能力が低下する!?
 “噛むこと”の大切さを教えてくれる、面白い実験結果がある。老齢期のマウスの奥歯を削り取り、学習・記憶力を測定したところ、健全な歯を持つ老齢マウスに比べて、記憶力が5分の1ほどに低下したという。さらに、削り取った歯を治療して“よく噛める”ようにしたところ、学習・記憶力が日ごとに回復していったというのだ。また、歯を治すことで、記憶力などの重要な役割を果たす「海馬」の神経細胞も、8割方回復した。“よく噛む”ことは、脳の活性を向上させることが、この実験からも推察できる。

 人を対象にした疫学調査でも、「歯の喪失と認知機能の関連」についてのデータが得られている。大規模な地域高齢者の健診では、認知症の疑いのある群ほど、現在残っている歯の数が少ない傾向があった。また、脳のMRI検査では、歯が少ないほど、海馬を含む側頭葉内部や前頭・頭頂連合野領域の灰白質の容積が減少することが分かっている。ここは記憶や空間認知、計算や思考を司る重要な場所だ。“噛む”ことが、こんなにも脳機能に影響を与えている事実に、改めて驚かされる。

よく噛むことで、脳が活性化する
 私たちは日常生活の中で、“歩くこと”や“呼吸をすること”と同じ様に、無意識のうちに「咀嚼」を行っている。しかし、食物を歯で噛み砕いて、唾液を混ぜて飲み込みやすくするという行為は、下あごの動きや唾液の分泌、舌をうまく使うなど、極めて複雑な運動の組合せで行われているのだ。
 日本咀嚼学会理事長の小林義典日本歯科大学教授は、「咀嚼によって、機械受容性(*1)、味、臭、温度などの三叉神経を介した強い感覚入力が脳の広い範囲に及び、脳が活性化されます」と、咀嚼の果たす役割を次のように説明する。

 まず、脳の網様体に入力されると、情動や記憶に関わる覚醒作用を生み、人間としての行動的な覚醒作用につながる。つまり、中高年以上では“よく噛む”ことで、「脳のリハビリテーション効果」が期待できる。また、高齢者では、寝たきり状態にならない予防効果があるそうだ。
 さらに、大脳皮質に入力されると、情動や記憶に関わる領域にも入力される。例えば、幼稚園児や小学生、大学生に1日3〜4回、各10〜15分間、毎日ガムを噛むことを2週間以上やらせると、テストの成績が上がっていくという。幼稚園児や小学生では、十分な咀嚼と知能指数との間に、相関が認められている。

 「脳の活性化を表す脳血流の増加は、咀嚼によって確認されています。私たちが行った脳血流分析システムを応用した研究では、咀嚼は手や指の運動よりも脳血流を増加させ、また、硬い食物の方が柔らかい食物よりも効果があるとことが分かりました。ですから、「歯ごたえのある食物を食事に取り入れてよく噛むこと」は、脳の活性化に極めて重要であると言えます。
 ちなみに、姿勢も重要で、寝たままあるいはリクライニング状態では、脳の活性化は望めません。少なくとも上半身を真っ直ぐに姿勢を正して、咀嚼しなければなりません」(小林義典教授)

A脳の活性化だけではない“噛むことの効用”
“噛むこと”で心も体もリラックスする
 “よく噛む”ことは、脳の活性化につながるだけではない。咀嚼によって得られる様々な効能が、今、明らかにされつつある。
 例えば、咀嚼は心身のリラックス作用を引き出す。美味しいものを食べることで、脳の報酬系(*2)が刺激され、“快情動”引き起こされる。すると、人を心地よい気分にさせる脳内物質「β‐エンドルフィン」の分泌も促されるので、リラックス作用につながる。
 実際、健康な人にガムを噛んでもらい、そのときの脳波を調べてみると、リラックスしたときに観察される「α波」が増加し、イライラしたり緊張しているときに出る「β波」の低下が認められる。それは、ガムを噛み終わった後にも持続するという。ガムなどを“噛む”効用には、ストレスを軽減し、緊張を和らげる働きもあるのだ。

よく噛んで食べれば、肥満の防止にもなり、健康増進につながる図表1
 “よく噛む”ことは、肥満の防止になることが分かっている。よく噛めば、脳の「満腹中枢」が刺激され、脳内ヒスタミン神経系が賦活されるので、食欲が抑制される。同時に内臓脂肪が分解されて、体熱産生や放散が促進される。“よく噛んで食事をすれば、肥満にならないということだ。

 また、よく噛めば、口の中の粘膜から栄養素を吸収することも分かっている。さらに、食事をとることで上昇した血糖値を下げて正常化する作用があるので、糖尿病の治療効果を向上させたり、予防的な効能もある。
 その他、“よく噛む”ことの効用は、身体の運動機能の向上、視力低下の予防、免疫力の向上、骨粗鬆症の予防などが報告されている(図表1)。

 特に、よく噛むと盛んに分泌される「唾液」の効用を忘れてはいけないと、小林義典教授は語る。
 「唾液の分泌を促進すると、虫歯や歯周病の予防につながり、また、細菌の働きを抑えます。その他、食物中の発がん物質の働きを抑えたり、アレルギーに関わる抗原に加え、活性酸素を消失させます。さらに、ウイルスなどを直接攻撃するNK(ナチュラルキラー)細胞を増加させたり、老化を抑制したり、私たちの体にとって、大変重要な働きをしているのです。十分な唾液の分泌を促すためには、歯ごたえのある食物を一口で30秒、または30回以上よく噛む必要があります」
 しかし、現在の日本では、これほど重要な「咀嚼」が、ともすれば疎かにされている。それはなぜだろう。

B噛まなくなった現代人に危険信号

戦前に比べると、咀嚼回数は6割も減少
図表3 小林義典教授は警告する。
「食事の時間を惜しんで、噛む時間が短くてすむ、柔らかいファストフードやジャンクフード(*3)のようなものばかり食べている現代日本人の咀嚼回数は、わずか数十年前の戦前に比べると、6割も減っています(図表3)。また、健康を維持するためには、本来は食事から必要な栄養素を適切に摂取することが大切なのに、安易に健康補助食品や栄養剤などを多用するという傾向もあります。こうしたことで、人間の生存にとって身体的にも精神的にも不可欠な、『咀嚼』という行動が疎かにされ、いろいろな問題が起きてきているのです。

  小児や、未成年者が、噛む回数が少なく柔らかい、ファストフードヤジャンクフードばかり食べていますと、咀嚼筋とそれらが関連する顔やあごの骨の成長発達が遅れ、頭、あご、口、さらに唾液を分泌する唾液腺、特に耳下腺の発育が抑えられ、あごが小さくなります。それに伴って、歯や舌の位置が不正となり、口呼吸となり、虚弱体質をつくることになり、顎関節症や種々の耳鼻咽喉科疾患、姿勢障害、睡眠障害などを発症させやすくします。必然的に先ほど述べた咀嚼の効能も疎外されます。また、中高年以上でも咀嚼の効能が疎外され、健康に影響が及ぶことになります。」

よく噛むには“正しい噛み合わせ”が条件となる
 健全な咀嚼は、咀嚼筋やあごの関節、あごの骨、それに歯や歯周組織、舌、唾液腺など、咀嚼系を構成する器官と中枢神経が健全に働かなくては成り立たない。
 特に、咀嚼運動には、「噛み合わせ(咬合)」が具体的に関わるので、咬合に問題がある場合には、咀嚼にも影響が出てくる。現代の日本人が噛まなくなったのは、噛み合わせの不具合も影響しているということではないだろうか。

 小林義典教授によれば、「噛み合わせが不安定だったり、損なわれている場合には、歯科治療を行い、適正に回復する必要があります」ということだ。悪い噛み合わせをそのままにしておくと、「ものが食べにくい」だけでなく、顎関節症や口腔顔面痛、口腔顔面変形、姿勢障害などを起こしやすくなることもあり、脳内ストレスや睡眠中の歯ぎしりや噛みしめ、睡眠障害を起こす可能性もあるという。

 「噛まなくなった現代日本人」は、今一度、「咀嚼」の重要性、「食べる」ことの正しいあり方について考え直す必要があるようだ。なによりも、健康長寿には、「咀嚼」が大切なことを再認識したい。
 「噛むこと、そして食べることは、人間が生きていくための基本的な動作です。多くの動物では、噛めなくなることは命が終わることを意味します。家族が食卓を囲んで楽しく食事をすること、そして健全な咀嚼とは何かまで、『いかに食べるか』を考えることは、今、緊急の課題として、われわれが取り組まなくてはならないことだと思います。」(小林義典教授)

(*1)機械受容性:歯が互いに接触したり、食物が歯や歯肉に接触することによる刺激
(*2)報酬系:食物を獲得したことによる安心感や安全感、満腹による喜びや満腹感を生じる部
(*3)ジャンクフード:塩分、糖分、脂肪分が多く、栄養価が低いスナック菓子などのこと。

指導 小林義典
日本歯科大学教授
同大学院生命歯学研究科長
日本咀嚼学会理事長
1971年日本歯科大学大学院歯学研究科修了。医学博士。

ミシガン大学歯学部客員研究員を経て、1981年から日本歯科大学教授。
現在、日本歯科大学大学院生命歯学研究科長、日本咀嚼学会理事長を務める。
2004年に日本学術会議会員として、報告書「咬合・咀嚼が創る健康長寿」をまとめる。

 
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