医療人の立場から
【メディカルロスが物語る民間保険導入後の日本の将来】
保険料を100集めた時、医療にどれだけ使ったかを示すのがメディカルロス(医療損失)である。営利の保険会社はメディカルロスが85を超えると、ウォールストリートで「あの会社は経営が下手だ」と、株価が下がるので、これを押さえることに躍起となります。現在、多くの保険会社は、メディカルロス80で経営しています。つまり患者から100保険料を徴収しても、80しか医療で返さない。
これに対して公的保険であるメディケアは、100税金を集めると98を医療に使い、管理に使うのは2に過ぎない。「公」と「民」は患者にとってどちらがいいか、80と98の2つの数字のどちらが大きいのかを考えれば理解できると思います。
民間の保険会社は医療費を削るため、健康な人だけを集める。典型的な例が、大企業と契約すること。大企業の社員は当然健康な人が多く、低い保険料で大口の顧客を獲得できる。逆に、病気で働けない人の保険は、保険料がべらぼうに高い。このためアメリカではマネージド・ケアが進むにつれて無保険者が増え続けています。
【医療制度を利用して利益を受けるのは誰か】
昔から存在する制度に対して国民もその恩恵に気づかない制度であるかもしれません。ただ、世界に冠たる医療保険制度と世界的に評価されたものを、ある特定の人々の利益のために、崩していくはいかがなものでしょうか。私達にとっても目先の利益が本当にあるのでしょうか。今回のTPPへの対応は我々もきちんとした将来的なビジョンをもって「譲るところは譲る」「これは許されない」という正しい姿勢で対応すべきではないでしょうか。この選択が、ここ10年、20年というスパンでもって評価されるような対応が望まれま
す。
【国民皆保険制度の堅持と保険外併用療養費の活用を】
確かに、歯科の場合、大変虐げられた扱いを受けていたということが、ここ20数年ありました。ただ、TPP導入が歯科に新たな息吹を与えるというのは幻想です。それはアメリカの医療制度を模倣するもので、我々まっとうな医療人にとってはとうてい受け入れがたいものと熟知すべきと思われます。日本の医療制度=国民皆保険制度の医療評価の客観的指標としてWHOの国際的医療評価結果が参考になります。WHOは日本の医療制度を総合評価で第1位に、医療の平等性では第3位に、医療費/GDPは18位と評価しま
した。要するに極めて安い費用で著しい成果を挙げていることが評価されています。これは言い換えれば、日本の医療は医療関係者の犠牲の上に成り立っているともいえます。
あとは国民が決める制度であります。私たち医療従事者は、それを座して待つか、もしくは本当のことを言うか。それには結論を待たないと思います。
混合診療の解禁には前述の通り非常に大きな問題を含んでおり、一度この制度に踏み出すともう元に戻れない制度でもあります。特に歯科の場合は、財源の問題があり、保険外併用療養費制度の選定療養を活用することによって活路が生まれるのではないかと考えます。
もし、このような将来を危慎するならば、医療人として今後の対応を決めるべきであります。財務省や経済界は我々と違う事を考えています。国民の健康は二の次で「ビジネスチャンスを生かそう」「経済的に問題があれば最後は競争原理という資本主義の理念で医療も考えよう」「赤字部門は全て資本主義が解決するであろう」…社会のセフティーネットである医療をビジネスと考える人々の術中にはまるわけにはいきません。
イギリスでは医療が崩壊し、現政権は従来の倍の予算をつけましたが、結局は何も変わらなかったそうです。一度壊れると二度と戻らないという事例です。例えば「イギリス医療制度」「こわい」というキーワードで検索すると面白いほどの結果が得られるのはご存知でしょうか。一度壊れたセフティーネットは二度と戻りません。あなたはアメリカのような医療制度に賛成か反対か。それなりの覚悟で今回の問題にはあたるべきと思います。
TPPに対してどう考えるかは先生方の自由な思いがありますが、はじめられたら二度と戻すことができないであろうということは是非自覚していただきたい。後は先生方の考え方次第であろうかと思われますが、いかがでしょうか。
【参考文献】
世界の医療制度改革 OECD編著 阿萬哲也訳 明石書店/市場原理が医療を滅ぼす-アメリカの失敗 李啓充 医学書院/アメリカの医療の光と影-医療過誤防止からマネジドケアまで 李啓充 医学書院/医療の値段-診療報酬と政治-結城康博 岩波新書/医療崩壊「立ち去り型サボタージュ」とは何か 小松秀樹 朝日新聞社/挑む医師 国民皆保険制度を守れ 西島英利 東京書籍/さらば厚労省 村重直子 講談社/他多数