香山リカのココロの万華鏡:薬のない人生、いつ? /東京
また人気者が違法な薬物を使用していたのか。男性デュオの一人が覚せい剤取締法違反で逮捕された。今後、容疑を認めたとしても、急に薬物を中止したことによる離脱症状と呼ばれる苦しみが待っているかもしれない。
それにしても、なぜ多くのファンを持つアーティストや芸能人が安易に違法な薬物に手を出してしまうのか。「人気を失うかもしれないというプレッシャーに耐えかねて」といった話をよく聞くが、ストレスを背負って生きているのは一般の人も同じだ。人気者ゆえに「自分にはほかの人には味わえない世界を知る権利がある」と錯覚してしまうのだろうか。だとしたら、いくらお金はあっても心は貧しかったということになる。
さて、いったん薬物に依存した状態になると、「もうやめます」と言っても、からだも心も手を切るのは、そう簡単ではない。薬物依存はすでに「病気」であり、決意だけでは断ち切れない。キレやすい、がまんがきかない、など性格変化という症状もあるからだ。
薬物にしてもアルコールにしても、依存症は「やめてさえいれば完治する」というものではない。薬物依存のリハビリ施設「ダルク」の創始者である近藤恒夫氏は、デーブ・スペクター氏との対談集「ニッポンの(薬物)依存」の中で、こう語っている。「20年やめていてもまた飲んじゃったら、20年前からスタートじゃない。最後の悪いところからスタートする。最悪のところからいつもスタートする。そこのところが治らない病気と言われているんですね」
「ダルク」では依存症者をただ薬物から遠ざけるだけではなく、「薬を使わない新しい生き方」を実践できなければ回復はできないとの考えのもと、仲間とのミーティングを1日2回、それに加えてスポーツや畑仕事などを毎日行ってもらう。とにかく、これまでとは別の新しい人生を歩んでもらうのだ。それくらいの覚悟がないと病としての依存症からの回復は見込めない。「また人気者に戻りたい」というのは病気を自覚していない甘えから来る発言だと思う。
アーティストや芸能人の多くは、違法薬物で逮捕されると「一日も早く元の仕事に戻りたい。ファンに恩返ししたい」と言う。しかし、これまでと同じ仕事を続ける限り、本当の意味で「新しい生活」に踏み出すことはできないのではないか。
引用:毎日新聞社 2014年5月27日(火)