東京医科歯科大学2014年研修医セミナー第3週「『免疫不全』という患者背景を実診療に活かして考える」−Vol.2
救急外来に、発熱と咽頭痛を訴える免疫不全の4症例が来院。
治療アプローチを決めるにはどう考えていくべきか。
国立国際医療研究センターエイズ治療研究開発センターの渡辺恒二氏が解説する。
まとめ:酒井夏子(m3.com編集部)
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■ 発熱・咽頭痛だけではあるが「免疫不全」
渡辺 では、初級編に進みましょう。テーマは少し長いのですが、「救急外来で困らない発熱・咽頭痛だけではあるが『免疫不全』、こんな時どうしよう症例集」です。実際にあった症例を基に作っています。
発熱がある患者を診察するときの、研修医としての悩みで良くあるのが、感染症に興味のあるもしくは勉強している上級医と一緒に診察した時に、「発熱だけで抗菌薬をどうして使っているんだ!」と怒られてしまうのではないか? いう悩み、絶対どこにでもありますよね。また、感染症の本を開くと「CRP上昇や熱に対して、抗菌剤を使うなんて全然駄目、ちゃんと菌を同定して…」、「発熱の原因は、感染症だけではない」などと書いてあります。しかし一方で、「免疫不全」の診療ではこんな心配をしてしまう。ウォーク・イン(徒歩外来)で来た患者さんを風邪薬だけで帰したら、「敗血症の見落とし」で、救急車で返ってきちゃう、というエピソードが書いてある本もある訳です。では、実際にはどうしたらいいのでしょうか。その部分を今日は、「精神論のような話」にもなってきますが、話して行きたいと思います。
それでは最初の症例です。59歳女性です。主訴は先程申し上げたとおり、発熱、咽頭痛です。既往歴及び身体所見ですが、2カ月前に乳癌が見つかり、現在は術後化学療法を外来で行っています。化学療法2コース目のday 10です。化学療法薬を投与した1週間後に外来で採血したときには、好中球が800程度で、白血球が1,230/μg、好中球が65%。当日の夕方4時頃から悪寒があり、軽度の咳と咽頭痛を自覚していた。熱を測ると39.2℃あったという感じです。
意識は清明で、発熱以外のバイタルサインは前回受診時とあまり変わりはなさそうです。身体所見では咽頭の腫脹はそれほどはっきりしません。重症感はありませんし、咽頭が感染臓器かどうかもはっきりしない程度の訴えであり所見です。一応インフルエンザの迅速診断をしましたが、A, B どちらもマイナスでした。この患者さんが例えば僕のような人(演者:生来健康で免疫不全のない症例)でしたら、「とりあえず解熱剤を飲んで、また何かあったら来てください」という感じで帰宅ですね。健康な人で少し太った人(演者)が来たとしたなら、こうした対応で帰します。
次の症例はどうでしょうか。59歳女性で、主訴、同じですね。この方は、SLE(全身性エリテマトーデス)に対する治療として1年前からプレドニゾロンを内服し、現在はプレドニンを1日10mg服用されています。実際の症例ですね。受診当日の状況は同じです。
次は59歳男性で、主訴は同じです。10年前に進行胃癌のために胃全摘を施行し、再発なく経過しています。僕の病院にはあまりないケースですね。本日午後4時ごろのバイタルサインも近医受診時と変化なし。この「近医」という言葉以外は同じですね。
4例目は1週間前にHIV感染が判明し、無症状であるもののCD4数が25で、次回の外来からHIVに対する治療を開始する予定だった人です。臨床経過は前述した症例と同じで、4時頃から発熱し、熱や咽頭痛はあるけれども、あまり咽頭は腫れていない。見た目ちょっと軽症で、高熱があるといった症例です。
■ 免疫不全を2つのカテゴリーに分類する
「誰に?」の患者背景を比較してみましょう。症例3は、59歳女性が乳癌術後で抗癌剤を投与していて、3日前に好中球が800。それから症例4の59歳女性は、SLEがありプレドニゾロン10r/日を服用中。症例5の59歳男性は、10年前に胃全摘で再発がない。もう一方の症例6の59歳男性は未治療のHIVでCD4数が25。今日の講義では、HIVに関して詳しく解説しませんが、25は非常に低いです、非HIV感染者の場合の正常値が通常800程度です。200を切ると、様々な日和見感染症を発症するリスクが高まると言われていますので、25は非常に低いです。そこだけ理解してください。
最初の問題です。検査や治療はどのように進めますか? こういう患者さんを診たときに、あなたはこれを救急外来でどうしますか。decision makingをどうするかを考えてください。
「免疫不全」と診断したら、どのようにアプローチするか。問題は、どの症例を同じカテゴリーに入れて診療を行うかです。2つのカテゴリーに分けるのが、今日一番のポイントになります。この分け方自体が完璧とは思いませんが、今日は研修医向けの講義として分かりやすいように、2つのカテゴリーに分けて考えていきます。どの症例を同じカテゴリーに入れて診療を行うか見ていきましょう。
まず症例3です。繰り返しになりますが59歳女性で乳癌術後、3日前の好中球が800。この人と同じカテゴリーに入る症例を選んでください。複数回答も可です。難しい問題ですね。症例4はどうでしょうか。SLEの59歳女性でプレドニゾロンを10mg飲んでいます。この人は症例3と同じような感じでアプローチしなければいけないでしょうか。では症例5の59歳男性、10年前に胃全摘で再発はなく近医でフォローされている。この人は先ほどの抗癌剤で好中球が3日前に800だった人と同じようなカテゴリーで診ていかなければならないか。症例6の59歳男性、未治療のHIV、CD4数が25という人は同じカテゴリーでしょうか。
僕が今日の話の中で同じようにアプローチして欲しい人は症例5です。59歳男性、10年前に胃全摘で再発なしという症例ですね。そして症例4と6、プレドニンを10mg飲んでいる人とHIVの人。これを大体同じなカテゴリーに分けてアプローチしていくと、まず分かりやすいことでお話していきたいと思います。異論はあると思いますが、まあちょっと話を聞いてください。
では、2つのカテゴリーが何かをここに挙げました。左側のカテゴリーは、液性免疫不全、いわゆる抗体がないあるいは抗体の機能が悪いといった抗体の機能不全と、好中球減少を(病態的には全然違う疾患なのですが)同じグループに入れてみました。そして右側が細胞性免疫不全を来す疾患を入れています。この2つのカテゴリー分け、ちょっとわかりにくいと思うのですが、進めましょう。
左側の液性免疫不全と好中球減少のカテゴリーに、抗癌剤投与中と胃全摘の症例を入れ、細胞性免疫不全のカテゴリーに、HIVとステロイド投与中の症例を入れました。今日の話としては、2つのカテゴリーのどちらに入るかという話と病原体はどこから来るかを捉えやすいように話していきます。
それからアプローチの仕方ですが、今日の話は精神論が主となります。ですから「焦って下さい」というようなカテゴリーと、「焦らず、落ち着いて」というカテゴリーに分けています。アプローチが反対ですね。これが今日の講義のポイントで、ちょっと反対っぽいところが大事です。同じアプローチなのですが、大事なのは心構えで、「A」よりも「B」を優先させなさいというアプローチと、逆に「B」よりも「A」を優先させなさいというアプローチ。全く違う側に入っていくところを見て今後の診療に役立てていただきたいと思います(続く)。
引用:研修最前線 M3 2014年7月2日(水)