食材選びや調理法工夫
肥満防止や脳を活性化
食べ物をかむ。何気ない動作だが、中高年の健康維持には重要だ。例えば肥満や虫歯の予防などに一役買っているという。意識してよくかむよう努めることのほか、食材選びや調理法をちょっと工夫すれば自然とかむ回数をふやすことができる。

「野菜は大ぶりに切る」「味付けは薄く」――。歯科医師で料理研究家でもある高浜デンタルクリニック(千葉市)の田沼敦子院長の主張は非常に明快。「身近な食材と調理法で、自然とかむ回数を増やす」。田沼院長が「かむ」ことにこだわるのは、咀嚼(そしゃく)に様々な健康増進効果があるからだ。

例えば肥満防止。食事を始めて脳の満腹中枢に情報が伝わるのに、一般に15−20分ほどかかるとされる。あまりかまずに食べると、満腹感が生じる前にどんどん食べ物がおなかに入ってしまう。逆にゆっくりよくかんで食べれば、少量で満腹になる。

「肥満の人は、食べ物をうまくかめない傾向がある」と指摘するのは名古屋文理短期大学の松田秀人教授。ガムをかむ実験で溶け出す成分量を調べると、かむ力や舌の動かし方、だ液の出方など総合的な「そしゃく能力」を評価できる。肥満の人は同じ回数だけかんでも、ほとんど成分が溶け出さないという。

肥満でない健康な若い女性を対象にした別の実験でも面白い結果が出ている。かむ能力の高い人は、砂糖入りガムをかみ始めて15分程度で、血糖値を下げるホルモンのインスリン量がピークに達し、速やかに減った。能力の低い人のピークは30分前後で、なかなか量が減らなかった。

双方とも血糖値に大差はなかったが、インスリンの出方が異なることが明らかになった。血中でインスリン濃度が高い状態が続くと動脈硬化を招き、心筋梗塞(しんきんこうそく)や脳梗塞などを起こしやすくなる。かむ能力が思わぬところで健康に影響を及ぼしている可能性がある。松田教授らは糖尿病患者で同様の研究を進める予定だ。

全国の小中学校の給食やその食べ方を調べている学校食事研究会はそしゃくの効用を標語にまとめた。代表的なのが「卑弥呼(ひみこ)の歯(は)がいーぜ」。「ひ」は肥満予防、「み」は味覚の発達など1字ずつ意味がある。

「の」は脳の発達。あごを動かすと刺激が伝わり血流がよくなり、脳が活発に働くようになる。「は」は、歯の病気予防。かめばかむほど分泌されるだ液は、歯を強くしたり、虫歯の生じやすい酸性の環境を改めたりする色々な成分を含んでいる。発がん物質の毒性を打ち消す成分もあり、がんの予防の「が」として標語に入っている。

かむことと健康につながりがあることは確からしい。だが1980年代後半の神奈川歯科大学の研究によると、かむ回数は昔に比べて大幅に減っている。クルミやもち玄米のおこわなど卑弥呼の時代の食事を再現して食べてみたところ、硬くかみにくいため、1食あたり3990回かんだ。現代は軟らかい食べ物が多く、スパゲティなどは620回だった。

学校食事研究会の同時期の調査では、小学校高学年の児童は一口あたり12−13回、1食あたり約710回かんでいた。「よくかんだといえるのは1食あたり900回を超える場合。そのためには一口あたりさらに3−4回多くかむ必要がある」(同会阿部裕吉事務局長)。そしゃくの大切さは年齢を問わず共通だが、肥満などが気になる中高年は特に意識してよくかむように努めたい。

田沼院長によると、かむ回数を増やすには食材選びも大切だ。硬い繊維を含む根菜などは理想的。おひたしはいくつかの材料を組み合わせると、かみごたえが増す。同じカレーでも、キノコやシーフードを加えればかむ回数が2−3倍になる。ちょっとした工夫が大切なようだ。

田沼院長が勧めるかむ回数を増やす工夫
・食物繊維の多い野菜や根菜などかみごたえのある食材を選ぶ
・野菜は「乱切り」にするなど大ぶりに切る
・生だと軟らかいので肉や魚は加熱する
・かみごたえが増すよう同じ料理でも複数の素材を組み合わせる
・たくさんかんでだ液を出すようにするため水分を減らす
・よく味わってかむように味付けを薄くする

ひとくちガイド(本)
◆そしゃくと健康の関係を知るなら
『誰も気づかなかった噛む効用―咀嚼のサイエンス』(日本咀嚼学会編、日本教文社)
『咀嚼健康法―脳と体を守る』(上田実著、中公新書)
◆よくかむための料理法なら
『噛むかむクッキング』(田沼敦子著、グラフ社)
2004.9.12 日本経済新聞