体調変化 見逃さず
まず十分休養

うつ病は日本人の7人に1人が一生のうちに経験するといわれるほど、とても身近な病気だ。憂うつな気分が何日も続くと、体の不調になって現れてくることが多い。軽いうつ状態である「軽症うつ」段階で、十分な休養をとるなどうまく対処すれば、重症化にならずに回復も早い。

30代のシステムエンジニア、Hさんが都内の心療内科を訪ねたのは1年前。主任に昇進したものの2カ月もたたないうちに気分がすぐれず憂うつな状態が続き、何事にもやる気が出ず会社も休みがちになった。まじめで仕事をきっちりこなし、周囲からも高い評価を得ていたが、人付き合いが苦手。主任になったため部下をしからなければならなかったが、それが苦痛だった。上司からは「しっかりしろ」と檄(げき)が飛ぶ日々が続いていた。

Hさんは、昇進に伴って発病する「昇進うつ病」の典型例。仕事の責任が重くなり、周囲からの期待がプレッシャーになるが、昇進を祝福されるとなかなか弱音を吐けず不安だけが増幅する。これが大きなストレスとなる。

「Hさんのように通院できる人は、症状が軽いケースが多い。悩みを抱えながらも病院に足を運べずつらい思いをしている人も多い」と「マジメすぎて、苦しい人たち」の著書があるストレスクリニック(福島県いわき市)の松崎博光院長は解説する。

うつになる人が増えている。職場での異動や昇進、転勤や人間関係のもつれなどが引き金になる。患者数は人口の5%と言われるが、「軽症うつまで含めると、数倍にのぼるだろう」と防衛医科大学校精神科の野村総一郎教授は説明する。

誰でも憂うつな状態になることはある。症状の軽い軽症うつだと仕事もこなせるが、治療をせずに長期間放っておくと症状が悪くなり、自殺の原因に。体の変調をすばやくとらえて対応することがとても大事だ。

軽症うつになると、まず現れるのが倦怠(けんたい)感。体がなんとなくだるく、疲れが取れない。食欲もなくなり、頭痛や肩こりがひどくなる。今の季節は、夏バテの症状とよく似ているため「うつになった」と決めつけるのはよくないが、「喜怒哀楽がなくなる」「物事を悪く考える」「意欲がわかない」「人付き合いが面倒になる」といった心の変化が加わると、一度、心療内科や精神科で診断を受けるのが良い。

うつを進行させないために一番良いのが「とにかく無理をせずに、十分な休養を取ること」(防衛医科大の野村教授)。ストレスに強いかどうかは個人差があるが、過労は症状を悪くするだけだ。

まじめでがんばりすぎるタイプがうつになりやすい。横浜労災病院の山本晴義・勤労者メンタルヘルスセンター長は「なかなか難しいが、心の持ちようを変えてみること」とアドバイスする。@無理せず焦らずA自分が怠けていると思わないB自分の長所に目を向ける――ことが大切だ。毎日、適度に体を動かし、食生活を改善する。信頼できる人に自分の苦痛を正直に話すのもよい。

うつの直接の原因が仕事にかかわっている場合は、職場復帰するとまた、同じストレスにさらされることに。仕事に重み付けして、自分に今できること、できないことを分け、優先順位をつける工夫もいる。そう簡単にはストレスに強くならないが、まず自分の性格やストレスの原因を把握するところから始めてみよう。

うつで休職者が出たときには、職場などでの対応としては温かく迎える雰囲気を作ることが大切。「がんばってくれ」と励ますと、逆にプレッシャーや不信感を生むことになる。

横浜労災病院の勤労者メンタルヘルスセンターは、うつ病予防に取り組む。風邪を引かないように日ごろから体力づくりするのと同じ発想だ。ポイントはとにかくストレスをためないこと。脳をリラックスさせるため服を着たまま入れる小型サウナや光刺激のソファなどが有料で利用できる。悩みを聞く無料の電話・メール相談も実施する。心理状態を客観的に判断するための心理テストなどもある。

うつ病は脳内の神経伝達物質が不足することで発症することがわかってきた。よく効く薬もいくつか登場、根気よく治療を続けると直る可能性はとても高い。いざうつ病になっても大丈夫、という気構えが何よりも大切だ。



ひとくちガイド

《本》
◆気分の落ち込みや不安を軽減する対策を練るなら
 『「うつ」が気になる人の本》
 (大熊照雄著、サンマーク出版)
《ホームページ》
◆対人関係など精神的な悩みに関する電話相談をしてくれる労災病院を探すなら
労働者健康福祉機構(http://www.rofuku.go.jp/)
2005.8.28 日本経済新聞