心のケアの第一歩

テレビニュースでは世界中で起こった出来事がリアルタイムに報道されている。自然災害、大事故、戦火の様子が衛星放送を通じて瞬く間に世界中に流される。ドキュメント映像では、状況を客観的に伝えるだけでなく、体験した人、目撃した人に自分の言葉でその状況を語らせるインタビューが挿入される。各地の被災者の生の声を聞くことができる。

災禍にあった人々が、「いかに心細いか」「いかに心配か」「いかに不安か」を訴える。2年前、東南アジアの国々を襲った津波にあった人は「また来るのではないかと心配で眠れない」。戦火にある中東の人は「爆発が起こったらと思うと不安で一睡もできない」と嘆く。米国で洪水を経験した人や欧州でテロにあった人々も同じように不安を眠れないことの悲痛さで表現していた。

一方で、災害救助に向かう日本の自衛隊員は「不眠不休の覚悟で行って参ります」と決意を語っていた。救助活動にあたるヨーロッパ人は記者の質問に「眠らずに作業して生き埋めになった人を5人も助けた」と答えていた。どれだけ一生懸命に事を成すかは、「眠らずに」という一言で世界に通じるものとなる。

眠れないほどの不安や心配という表現は、言語、文化、民族にかかわりなく、ユニバーサルな表現のようだ。誰にとっても眠れないことはつらい。つらさに耐えてまで何かをするということは、いかに懸命かの証しになる。

阪神淡路大震災の時に少しの間、避難所となった小学校の医務室に詰めていた。当初、精神科医がすることは少ないのではと考えていたが、眠れないことで相談に来る人が多いのに驚いた。小学校の教室に複数の家族が避難している状況で、心細さ、家族の心配、余震への不安が人々を眠りにくくしていると感じた。

災害現場では必ず不眠が起こる。この問題に対処するのが被災者の心のケアの第一歩で、病院での高度な医療だけでなくこうした対策も睡眠の専門家は考えなければならない。睡眠学の社会に対する貢献になるだろう。
(日本大学医学部精神医学講座教授  内山 真)

2007.1.28 日本経済新聞