先日、厚生労働省の患者調査の結果が発表された。
3年ごとの実施だが、うつ病が大半を占める「気分障害」の患者数が02年調査から急増、今回の08年調査ではついに100万人を突破したことが分かった。この10年間でなんと、2・4倍。
多くの精神科医は、この数字を即、「うつ病が10年で2倍以上に」と取らなくていい、と言う。「うつ病の啓発が進み、軽症者も受診するようになったから」「新しいタイプの抗うつ薬の発売で、“早期発見、早期治療”のキャンペーンが大々的に行われるようになったから」などと説明し、精神科医が本来、その必要がない人にまで「うつ病」という診断をつけて薬物を投与しているケースもある、と指摘する声もある。
私も、患者さんが待合室に大勢いることがわかると、つい、一人あたりの診療時間を節約しようと考えて、初診の患者さんに短時間の問診で「うつ病」という診断をつけがちになる。万が一、「うつ的であるけれどうつ病とは違う疾患」であっても新しいタイプの抗うつ薬が効く場合も多いので、「正確な診断は経過を見ながらゆっくりつければいいかな」と考えてしまうのだ。これからはもっと慎重にしなくては、とひそかに反省した。
とはいえ、そういったケースを除いても、うつ病の患者さん自体も確実に増えていると思う。
02年調査から急増した、ということだが、このころはいわゆる構造改革のまっただ中、大手企業でも業績に応じて従業員の報酬を決める成果主義の導入が進んだ時期だ。診察室にも、「このままでは評価が下がって“負け組”になってしまう」という不安が高じたり、評価を上げようと無理して働き過ぎたりしてうつ病に発展したと思われる人たちが、多数、やって来た。自殺者も03年には過去最悪を記録した。
それから6年たった08年、弱肉強食、優勝劣敗の世の中が一向に変わる気配がない中で、うつ病がますます増えても少しも不思議はないと思われる。そして、今年ついに政権交代が起きた。支え合い、助け合いを大切にする「友愛社会」が本当に実現すれば、おそらくうつ病者も減っていくのではないか、と思われる。
これから3年後、次の患者調査が発表されるころはどうなっているだろう。「それまで政権が持たない」などと言い放つ人もいるようだが、精神科医としては「人にやさしい社会に戻って、うつ病も減少してよかったね」と言っていることを願いたい。 |