経過観察のポイント
●前立腺全摘後の再発はPSAでチェック
●全摘術の主な後遺症は尿失禁と勃起障害
●放射線治療後には直腸炎などの晩期障害にも注意 |
「前立腺癌の術後経過観察は、PSA(前立腺特異抗原)の数値で診ればいいので、やりやすい」と語るのは、ポートスクエア柏戸クリニック(千葉市中央区)所長の瀧澤弘隆氏。瀧澤氏の専門は呼吸器内科だが、千葉県がんセンターとの病診連携に加わったことで、前立腺全摘術後の患者の経過観察を行うようになった。
「前立腺全摘後の患者の再発リスクは限りなくゼロに近く、薬剤投与も不要。そのため、全摘後の患者の経過観察は、泌尿器科以外の医師も取り組みやすい部分」(千葉県がんセンター地域医療連携室室長で泌尿器科医の浜野公明氏)という。
実際、瀧澤氏は、経過観察として3カ月に一度、問診とPSA値の測定を行うのみだ。前立腺全摘後の患者では、PSA値は再発の鋭敏なマーカーであるため、PSA値のみを診れば再発の見逃しはまず生じない(PSA値0.2ng/mL 以上が再発疑い)。
瀧澤氏と連携している千葉県がんセンターは、2007年11月に泌尿器関連の地域連携パスを使い始めた。連携開始当初は泌尿器専門医のみと連携していたが、「現在、約30ある連携先診療所の約4分の1が一般の内科医」(浜野氏)だという。
千葉県がんセンター泌尿器科外来前に並ぶ連携先診療所のパンフレット。パンフレットには、各施設の住所や診療時間などの基本情報に加え、自院の特徴をアピールする欄もある。
同センター地域医療連携室の専任スタッフである丹内智美氏は、「癌患者を診るのは嫌という診療所医師が多いかと心配だったが、これまでに連携をお願いして、断られたのは数件程度」と打ち明ける。
同センターでは、患者に対しての説明も丁寧に行っている。手術前から病診連携の現状を説明し、患者の理解を得る努力をしている。同センターの泌尿器科と乳腺科の外来には、連携先診療所のパンフレットが並べられ、その中から、患者自身が診療所を選ぶこともできる(写真)。また、「患者の希望に沿う連携先がない場合には、新たな連携先を探す」(丹内氏)という。
全摘術の後遺症への対策
前立腺全摘術の後遺症対策もシンプルだ。主な後遺症に腹圧性尿失禁と勃起障害があるが、「基本的に、後遺症の症状が落ち着いた患者を紹介するため、診療所で問題になることはまずない」(浜野氏)。瀧澤氏も手術の後遺症で難渋したことはないという。
ただし、「尿道狭窄などがまれに生じることはある」(東京厚生年金病院〔東京都新宿区〕泌尿器科部長赤倉功一郎氏)ため、問診で血尿や排尿痛などの症状のチェックは必要だ。
赤倉氏は尿失禁には、「クレンブテロールを処方してほしい」とアドバイスする。骨盤底筋体操の指導やパットの利用などで対応することもある。高齢患者が多いことから、勃起障害を訴える患者はほとんどいないようだが、必要であれば、シルデナフィルなどのED 治療薬を処方する。海綿体注射などのほかの選択肢もあるので、効果が見られない場合には専門医への紹介を検討するとよさそうだ。
診療所における投薬に課題
進行前立腺癌の治療や放射線治療後には、ホルモン療法が追加されることが多い。このホルモン療法を診療所が担うには、課題が残る。
前立腺癌患者への投薬はホルモン剤の皮下投与が中心で、主な薬剤であるLH-RHアゴニストは1カ月製剤で1本約5万円、3カ月製剤では約10万円と高額だ。
東急病院(東京都大田区)泌尿器科医長の山崎春城氏は、「高額な薬剤の在庫リスクを抱えることに抵抗を感じる診療所は少なくない」と語る。山崎氏は、慈恵医大で前立腺癌の病診連携の中核的役割を担った経験を持つ。
実際、「慈恵医大から患者を送ることが決まっていた診療所でさえ、注射剤の購入に難色を示し、説得するのが大変だった」と話す。
山崎氏は、「病診連携をより広めるためにも、高額な薬剤の購入・管理をどうするかは、これからの課題だろう」と指摘する。
癌高リスク者管理も開業医で
今後は、前立腺癌高リスク者を対象とした病診連携も進みそうだ。現在、全国的にPSAを測定する前立腺癌検診が行われている。このPSA検診では、「50歳以上の受診者の約8%がPSA値が基準値を超えるが、生検などの精査で癌が見付かるのは、受診者の1%程度で、残りは、経過観察が必要な前立腺癌高リスク者となる」(赤倉氏)。
この前立腺癌高リスク者を対象に、診療所がPSA値を定期的に測定し、ある値を超えた場合に、病院に患者を紹介する。この病診連携は、千葉県がんセンターに加えて、東京都新宿区や港区などでも既に行われている。対象者数が多いことからも、前立腺癌術後の連携以上に普及しそうだ。
放射線治療後に注意したい晩期障害
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がん・感染症センター東京都立駒込病院放射線診療科治療部・部長 唐澤 克之氏
前立腺癌の治療法は選択肢が広がり、放射線治療を選択する患者数は手術と同じかそれ以上に増加している。外照射治療を受けた場合に最も注意してほしいのが直腸炎(直腸からの出血)だ。放射線治療終了後半年から3年ほどたったころに起こりやすく、同治療を受けた患者の1〜3割に起こるといわれている。
前立腺は直腸とごく近い位置にあるため、直腸を完全に避けて、前立腺のみに放射線を照射することが難しい。現在、放射線治療技術の精度が高まり、晩期障害は徐々に減ってきているが、ゼロにはできない。
直腸炎を予防するためには、便秘を防ぐことが最も重要となる。便秘は、直腸を傷付けて出血の原因となるためだ。放射線治療中は、放射線の刺激で便は出やすいが、終了すると刺激が減って便秘になりがち。放射線治療後の患者では、日ごろから便通について確認し、便秘気味なら酸化マグネシウムなどの緩下剤の投与や生活指導が必要だ。
下血を放置して増悪させると貧血になるため、出血が起きた場合はすぐ止血剤と緩下剤を処方し、改善がなければ放射線腫瘍医に紹介してほしい。最近は、脳梗塞や心筋梗塞などの既往で抗凝固薬を服用している患者が多いので、その場合はより注意が必要だ。(談) |
(小板橋 律子、末田 聡美)