見逃すと怖い一過性脳虚血TIA患者に様子見は危険!!

一過性脳虚血(TIA)の新常識とは

 国内ではいまだに「一過性脳虚血(TIA)は軽症で緊急性がない」と考えられ ているのが現状ですが、実はTIAに対する認識は、この5年ぐらいで大きく変わ ってきており、専門家たちは、TIAの患者は原則全員入院して、精査・治療を直 ちに行うことを勧めています。
  これは、TIAを放置すれば発症後3カ月以内に10〜15%が脳梗塞を発症し、しか も、その半数は48時間以内に起きることが分かってきたからです。TIAを疑った ら、早急に急性期の脳梗塞に対応できるような施設に送ることが求められるよう になっています。

  「脳梗塞とTIAの治療はほとんど同じなので、両者の区別は重要でなくなって いる。心筋梗塞と狭心症が急性冠症候群(acute coronary syndrome)としてま とめられたように、今後、脳梗塞とTIAも一つの疾患群として考えられるように なるのではないか」と荏原病院(東京都大田区)神経内科医長の長尾毅彦氏は 話しています。

  TIAの症状は、片麻痺や半身のしびれ、片眼の視力障害など、脳梗塞の場合と 同様ですが、TIAや脳梗塞でなくても、これらに似た訴えをする患者は少なくあ りません。また、TIAの症状の多くは10分前後で消失するため、来院時には症状 はなく、画像検査で梗塞巣が確認されないことも多いので、診断がつけにくいの が実情です。TIAと他疾患との区別が難しい症状について、鑑別のコツを専門医 に聞きました。

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 一過性脳虚血(TIA)に対する常識は、この5年ぐらいで大きく変わってきた。数々の報告から、TIAは脳梗塞が差し迫った前兆で、緊急性を要する危険な状態であることが明確に示され、2009年には国内のガイドラインも改訂された。最新の病態のとらえ方と、プライマリケア医がTIAを拾い上げるためのコツを紹介する。

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  ある日突然、片麻痺や半身のしびれ、片眼の視力障害などが出現。多くは10分前後で消失するが、放置すれば発症後3カ月以内に10〜15%が脳梗塞を発症する。しかも、その半数は48時間以内に起きる─。これらが一過性脳虚血発作(TIA:transient ischemic attack)の新たな病態だ。


「受診時に症状が消えているので、そのまま帰してしまうケースが散見される」と話す荏原病院の長尾毅彦氏。

  TIAとは、局所脳虚血の症状が出現して24時間以内に消失する一過性発作。多くはアテローム硬化性病変や心疾患がベースにあり、動脈由来の微小塞栓、心原性塞栓、血行力学性血流不全などによって脳虚血を起こす。

  従来から、TIAは脳梗塞発症の前ぶれだといわれては来たが、それは「TIAを起こすと5年以内に3割が脳梗塞を起こす」といった緊急性を感じさせないデータに基づくものだった。そのためか、国内ではいまだに「TIAは軽症で緊急性がない」と誤った認識がなされているのが現状だ。

  荏原病院(東京都大田区)神経内科医長の長尾毅彦氏は、「外来受診時に『症状が消えた』と話す患者に対して、『良くなってよかったですね。様子を見ましょう』『機会を見付けて一度検査した方がいいですね』といった対応で帰してしまうケースも散見される」と指摘する。

TIA発症後48時間が要注意
  だが、ここ5年ほどで、TIAは脳梗塞の差し迫った前兆で、緊急性を要する危険な状態だということが改めて数字で示された。

  脳梗塞を起こした患者の23%が、以前にTIAを経験しており、そのうち43%が脳梗塞発症からさかのぼって1週間以内に起きていたというデータが報告されている(図1)(参考文献1)。TIAを起こした患者は、発症後3カ月以内に10〜15%が脳梗塞を発症し、その半数は48時間以内に起きることも分かり(参考文献2)、2日以内の脳梗塞発症リスクを評価するスコアも登場した(ABCD2スコア)。

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図1 TIA発症者における脳梗塞発症までの期間

  脳梗塞を起こした2416人のうち23%(549人)が脳梗塞の発症前にTIAを経験。脳梗塞発症日からさかのぼって7日以内にTIAを起こしていた患者が43%(234人)を占め、中でも前日と当日の発症が多かった(Neurology2005:64;817-20.)。図1は、14日以内にTIAを発症した患者だけに絞った分布(橋本氏による)。


 さらに、TIA発症後、迅速に診断・治療を行うことで、その後の脳梗塞発症率が大幅に下げられるという複数の大規模臨床試験の結果が報告されている。

  イギリスの研究では、TIAまたは軽度の脳梗塞を発症した患者に対し、発症後1日以内に迅速に評価し、治療を開始した場合、発症から20日後に治療を開始した場合に比べて、90日以内の脳梗塞発症リスクが80%減少することが分かった(図2)(参考文献3)。

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図2 TIA患者へ迅速な初期治療を行うことによる脳梗塞発症リスクの変化

  2つの期間で1278人のTIAおよび軽症脳梗塞患者を追跡調査したもの。フェーズ1では、家庭医が診察し、TIA・軽症脳梗塞評価は発作の平均3日後、薬物治療は発作の平均20日後に開始。フェーズ2では、直接専門病院入院とし、評価・治療とも発作の平均1日後に開始。発作後90日以内の脳梗塞発症率は、前者で10.3%、後者で2.1%だった(Lancet2007:370;1432-42.)。

  フランスの医療機関でも、24時間体制でTIA患者を受け入れるシステムを作り、発症24時間以内に診断・治療を行ったところ、90日以内の脳梗塞発症率は1.24%。予測された発症率に対して80%も低かった(参考文献4)。

  2006年のAHA/ASA(米国心臓協会/米国脳卒中協会)ガイドラインでは、既に、治療に関してはTIAは脳梗塞と同様の扱いで対応するよう明記している。

国内ガイドラインも早期介入の重要性を強調
  これらのデータに基づき、国内で日本脳卒中学会など5学会が昨年改訂した「脳卒中治療ガイドライン2009」では、TIAを初めて一つの独立した項目として新設。「TIAを疑えば可及的速やかに発症機序を確定し、脳梗塞発症予防のための治療を直ちに開始しなくてはならない(グレードA)」と早期介入の重要性を強調した。

  熊本市民病院神経内科部長の橋本洋一郎氏は、「病歴からTIAを疑ったら、早急に急性期の脳梗塞に対応できるような施設に送ることが求められる」と語る。発症から24時間以内に、できる限り早くMRI拡散強調画像検査による脳梗塞巣の確認、血管や心臓の評価を行い、原因に基づいた治療を開始するためだ。国内の専門家たちは、TIAの患者は原則全員入院して、精査・治療を直ちに行うことを勧めている。

  長尾氏は、「脳梗塞とTIAの治療はほとんど同じなので、両者の区別は重要でなくなっている。心筋梗塞と狭心症が急性冠症候群(acute coronary syndrome)としてまとめられたように、今後、脳梗塞とTIAも一つの疾患群として考えられるようになるのではないか」と話している。

ABCD2スコアで緊急度を判断
  すべてのTIA患者は脳梗塞発症のリスクを伴っているが、そのリスクの高さによって、評価や治療の緊急度が異なる。目の前の患者にTIAを疑ったときに国内外で使われているのが、ABCD2スコアだ(参考文献2、参考文献5)。
  これは、TIA発症48時間以内の脳梗塞発症リスクを評価するために開発されたもの。年齢や血圧、神経症状などについて点数化し、7点満点で、スコアが高いほど脳梗塞発症リスクが高いことが分かっている(表2)。

 TIA発症後の脳梗塞発症のリスクだけでなく、TIAを疑った場合も、「ABCD2スコアが高い方が、よりTIAである可能性が高いともいわれており、プライマリケアの現場で緊急度の高さを判断するために使える」と橋本氏。
  2009年に発表されたAHAの声明書では、このスコアによって入院適応が定められている(発症から72時間以内で、ABCD2スコア≧3点、または、0〜2点で2日以内に評価を行うのが困難だと予想されるケース、0〜2点でイベントの原因が局所脳虚血であることを示すほかの根拠がある場合)(参考文献2)。
 ただし、このスコアの欠点は、項目に心房細動が入っていない点だ。「TIAの2〜3割は心疾患から来る心原性塞栓性TIAであり、一度脳梗塞を起こすと非心原性TIAに比べてより重度になりやすい。心房細動がありTIAが疑われたら、緊急性がさらに高いと考えてほしい」と橋本氏は話している。

ABCD2

参考文献
1. Neurology 2005:64;817-20.
2. Stroke 2009:40;2276-93.
3. Lancet 2007:370;1432-42.
4. Lancet Neurol 2007:6;953-60.
5. Lancet 2007:369;283-92.

2010.3.19 記事提供:日経メディカル別冊