食育が円滑に普及していないようだ。その大きな原因は、食の歴史にあると思う。
日本は古くから「武士は食わねど高楊子」といって見栄を張り「食を語ることは、はしたない」などといって、とにかく食べることをないがしろにしてきた。

この理由としては、仏教の伝来により675年に発令された天武天皇の“肉食禁止令”や、徳川幕府が行った国策の“質素倹約主義”“鎖国”などが影響していると考えられる。貝原益軒の「養生訓」をみても、ひたすら飲食に対する欲望をひかえて節制すること、つまり禁欲によって健康を保つとの思想につらぬかれ、日本人の食に対する関心を抑えてしまった。

一方、医食同源思想の発祥地、中国は日本と反対の考えを持っている。中国には、老子(前6世紀ごろ)を祖とする、不老長生をモットーととする道教がある。これは中国で生まれた固有の思想で、現世に生きる人間の平和と悦楽を求めたもの。そこから「食は命の基本なり」とする絶対的な考え方が生じた。

このような環境にあったためか、儒学者孟子(前372−前289)は「人の食欲と色欲は人間の本性である」と喝破している。中国人はこのような歴史の中ではぐくまれてきたので、誰もが食に対してどん欲であり、それもおいしくて体に良いものでなければ摂らないと考えている。

そこで、日常家庭で薬膳を気軽に作るし、レストランなどでは、肉、魚、野菜を取り合わせた栄養のバランスのとれた献立を当然のごとく出してくれる。食育を行うにあたっては、中国の食文化を知ることは大いに役立つだろう。

(新宿医院院長  新居 裕久)


2006.12.23 日本経済新聞