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アルコール含有含嗽剤に関する口腔癌発生におけるアルコールの役割

 わが国においても、日常的な含嗽剤使用の頻度は増加している。
「特にアルコール含有含嗽剤に関する口腔癌発生におけるアルコールの役割」についての総説を紹介する。

世界規模で見ると、口腔癌はすべての悪性病変の約5%を占めており、オーストラリアでは毎年800を超える新しい口腔扁平上皮癌が記録されている(1999年から2003年までに新しく発生した舌および口腔の癌の平均症例数は年間881例)。治療法の近年の進歩にもかかわらず、5年生存率は50%にとどまっており、また、治療の結果は患者の状態を極めて衰弱させる可能性がある。
 噛みタバコと同様に喫煙および飲酒は口腔癌の発生に関連するリスクファクターであることが認められて久しいが、その他の疫学的因子としてはCandida albicans、ビンロウジュの実を噛む習慣、カロチノイドやビタミンAの少ない食事習慣、および歯ブラシの使用頻度を含む十分ではない口腔衛生管理に加えて、ヒトpapilloma virusやEpstein-Barr virusがあげられる。

口腔癌発生におけるアルコールの役割に関して
1.疫学的根拠
 口腔癌発生の危険性は飲酒および喫煙の状態の程度と期間に関係することが示されている。ヘビースモーカーとアルコール大量摂取者では、全く喫煙歴や飲酒歴のない人に比べて約50倍口腔癌発生の危険性が高いと考えられている。
 さらに、アメリカ合衆国の5万人以上の保健関連専門職に就く男性集団(この58%は歯科医師である)における、アルコールと口腔前癌病変発生との関連を評価した最近の研究からアルコール飲料のタイプ、飲酒の様式、あるいは喫煙の有無にかかわらず、飲酒は前癌病変発生の独立した危険因子であることが判明した。また、相加作用以上の複合作用によって飲酒と喫煙の相互作用が発現することも明らかとなった。
 また、ヨーロッパ、北アメリカ、および極東アジアの20カ国における国ごとの飲酒状況と口腔癌死亡率との関連を研究した結果、アルコール摂取に関連する死亡率は高齢の男性に多く、口腔癌死亡率の高さは多量のアルコール消費にある可能性が示されている。

2.In vitroでの研究
 動物実験による研究ではアルコールと口腔癌との関連を示す根拠が十分にある。
アルコールはタバコに関連する発癌物質の口腔粘膜への透過を助長することが繰り返し示されてきた。たとえば15%アルコールに短時間さらされるとヒトの腹側舌粘膜への発癌物質の透過性が増加することが示されている。
 ラット食道粘膜を慢性的にアルコールに爆露すると上皮の萎縮が生じ、基底細胞の大きさが減少する。また、ラットの口腔粘膜においては短時間のアルコール使用ではアルコール濃度に応じ様々な程度の組織損傷が生じ、一方長期間作用させると角化、基底細胞層密度の増加、および有糸核分裂像などを伴う異形成など、組織に肉眼的、顕微鏡的な変化が生じる。
 さらにラットモデルにおいて、慢性的アルコール摂取に過再生を伴う粘膜萎縮の発生が示され、モルモットモデルにより粘膜上皮の化学的発癌物質に対する感受性の増加が認められている。

3.提唱される機序
 アセトアルデヒドはエタノールの主代謝物であり、突然変異発生物質であることが示されている。WHO(International Agency for Research Center)は1999年の時点では、ヒトにおけるアセトアルデヒドの発癌性の危険性に関する十分な根拠はないが、実験動物においては根拠が十分であるとしている。
 アルコール代謝はほとんどが肝臓で行われるが、口腔内でも代謝されることが示されており、特異酵素の発現により口腔組織にアセトアルデヒドが蓄積されるという。また、実験により口腔微生物が特に嫌気性微生物叢の傾向にある個体においては、アルコールからかなりの量のアセトアルデヒドを産生することが示されている。口腔連鎖球菌がアルコール摂取後の唾液内アセトアルデヒド濃度に通常の個体差を生じ、その結果、口腔癌のリスクの一因となる可能性があると結論する研究者もいる。このことは口腔衛生状態の悪い個体において口腔癌発生のリスクが高いことを説明する機序であろう。
 近年、口腔内の癌と異形成とを伴う患者において、口腔上皮における特異的なアルコール誘発性変化を評価する免疫組織化学的研究が初めて行われ、エタノール誘発性発癌の強力な根拠が示された。

アルコール含有含嗽剤と口腔癌との関連
 アルコールは主として他の内容物の溶解剤として含嗽剤に添加されているが、10〜12%の濃度では保存薬、防腐薬、腐食薬としても作用する。前述の粘膜透過性やアセトアルデヒド産生に関する作用に加え、含嗽剤中の高濃度のアルコールは上皮の剥離、角化、粘膜の潰瘍形成、歯肉炎、点状出血、口腔痛など口腔に有害な影響を与える可能性が示されている。また、アルコール含有含嗽剤の長期使用によるびまん性白色口腔病変の報告がある。
 アルコール含有含嗽剤が口腔癌発生の一因となる可能性は新しい問題ではなく、1983年にすでに毎日の含嗽剤使用と口腔癌発生の危険性との関連が報告されている。口腔、咽頭癌の206人の女性患者と352人の対照者において含嗽剤の使用状況を評価した結果、禁煙中の女性において、口腔癌発生の危険性は非喫煙、含嗽剤非使用者のほぼ2倍とみられ、含嗽剤の口腔および咽頭がんへの関与の可能性を提起した。
 2001年に行われた口腔、咽頭癌患者と521人の対照者における調査の結果では、アルコール含有含嗽剤の使用は非喫煙、非飲酒の患者において癌発生の危険性の上昇を生じたが、統計学的な有意差は認められなかったという。
 しかし最近行われた、国際的、多施設における、3210人の頭頸部癌患者と2752人の対照者における研究2)では毎日のアルコール含有含嗽剤使用と口腔癌発生との顕著な関連が示され、喫煙および他のアルコール摂取とは独立した頭頸部癌発生の有意な危険因子のひとつであることが認められた。口腔および咽・喉頭部の癌に限ってみると、アルコール含有含嗽剤の1日2回の使用により癌発生の機会は現喫煙者では9倍以上、加えて飲酒習慣者では5倍以上、飲酒歴のない人では約5倍に増加した。
 どのような含嗽剤を使用したのか、どれほどのアルコール含有量であったのかは不明であるが、データが収集されたほとんどの国における最も一般的な含嗽剤は、おそらく市場に出回っている80%までが、20%以上のアルコール濃度であった。禁酒者に認められた癌リスクの上昇は、ある主の含嗽剤(30%にいたる)に含有されるアルコールが頭頸部癌の発生物質である可能性を示唆するものと考えられる。

◆結論
 現在ではアルコール含有含嗽剤使用が口腔癌発生の増加、あるいは発生の一因となるという所説を受け入れるに十分な根拠がある。これらの多くがin vitroで口腔微生物バイオフィルムに浸透し口腔微生物量の減少に有効であることが示されてはいるが、必要に応じて短期間の使用に制限するのが賢明であり、おそらくアルコールを含有しないものでも同様に有効と考えられる。含嗽剤は他の薬同様に歯科医師が処方するべきである。また、理由があるとしてもアルコール含有含嗽剤は特別な状況下でのみ、限定、管理された期間の使用とすべきである。
 アルコール含有含嗽剤と口腔癌発生との関連について現在入手可能な根拠に照らし合わせ、口腔保健ケアの専門家がアルコール含有含嗽剤の長期間にわたる使用を勧めるのは賢明ではないというのが著者らの意見である。

文献
1) Warnakulasuriya, S, Parkkila, S., Nagao, T., et al.: Demonstration of ethanol-induced protein adducts in oral leukoplakia(pre-cancer) ando cancer. Oral Pathol Med., 37 : 157〜165, 2008.
2) Guha,N., Boffetta, P., Wunsch Filho, V. et al.: Oral health and risk of squamous cell carcinoma of the head and neck and esophagus : results of two multi-centric case-control studies. Am. J. Epidemiol., 166 : 1159〜1173, 2007.
(McCllough, M. J., Farah, C. S.: The role of alcohol in oral carcinogenesis with particular reference to alcohol-containing mouthwashes. Australian Dental Journal, 53 : 302〜305, 2008. より)

2009.7 提供:日本歯科医師会雑誌 Vol.62 No.4