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サイレントな病気、歯周病

自覚症状ないまま進行 歯周病/あなたの処方せん

 

 国民の半数以上がかかっているとも言われる歯周病。自覚症状がないまま進行し、最終的に歯が抜けてしまう病気だ。だが日々の手入れで進行を遅らせることは可能。できるだけ長く歯を保つための知恵を紹介する。

 歯周病の原因となるのは、歯周病菌と呼ばれる細菌だが、誰もが口の中に持っており、それだけでは病気にはならない。だが、口の中に食べかすなどが残っていると、そこに細菌が集まって塊となり、「プラーク(歯垢(しこう))」になる。プラークは、きちんと歯磨きをすれば取り除くことができるが、歯と歯茎の間など、磨き残しの部分があると、徐々に蓄積されていく。

 プラークは黄色がかった白色で、歯の色と区別がつきにくい。だが指で触るとぬるっとしている。大阪大医学部付属病院の歯科衛生士、森川友貴さん(30)は「食べ残しと思う人も多いが、8割方は細菌に置き換わっている。食べ物がだんだん腐って生ゴミになるようなもので、口臭のもとにもなる」。

 プラークがたまると歯茎が炎症反応を起こして腫れるため、歯と歯茎のすき間に「歯周ポケット」が形成されていく。これが歯周病への第一歩だ。歯茎の内部で細菌から体を守ろうと白血球が集まってくる。歯磨きの時に歯茎から血が出やすくなるのはこのためだ。

 この状態が長く続くと、プラークがさらにたまってカルシウムやリンなどを蓄えて歯石になり、炎症反応によって歯を支えている歯根膜や歯槽骨などの歯周組織が破壊され始める。さらに進むと、歯周組織の破壊とともに歯周ポケットはさらに深くなり、歯を支えることができなくなる。こうなると末期症状で、最終的に歯が奪われてしまう


 歯周病が怖いのは、歯が奪われるだけでなく、体のさまざまな場所で病気などの引き金となる点だ。

 歯周病の原因となるプラーク(歯垢(しこう))は、歯と歯茎の間の歯周ポケットに蓄積され、歯周病菌が塊になった「バイオフィルム」という状態で存在している。バイオフィルムは、外部から糖類などの栄養源を取り込んで徐々に大きくなっていく。抗菌薬などへの耐性も強いため、歯磨きなど物理的な方法でないと除去が難しい。

 こうして増えた歯周病菌が、血液や唾液(だえき)などとともに侵入すると、さまざまな悪影響を及ぼす。まず気を付けたいのが、高齢者などに多い「誤嚥(ごえん)性肺炎」だ。唾液に含まれる歯周病菌が気道に入り、感染防御機能が落ちているため感染症を起こしてしまうのだ。

 東京歯科大(千葉市)の奥田克爾(かつじ)名誉教授(微生物学)によると、歯周病菌は就寝中に口から気道へと流れ込むことが多いといい、「寝る前に歯を磨いて、できるだけ口の中を清潔にしておくのが予防のために大事」と指摘する。

 一方、動脈硬化などによって起きる心筋梗塞(こうそく)にも、歯周病菌がかかわっていることが近年わかってきた。奥田名誉教授らは、動脈硬化によって詰まった心臓の周囲の冠状動脈に存在する細菌の遺伝子が、歯周病菌の遺伝子と一致することを発見し、04年に論文発表した。

 また妊娠中の女性にとっては、歯周病が早産や低体重児出産などのリスクともなる。96年に米国の研究者が関連性を初めて報告。その後も同様の報告が相次ぎ、07年には、歯周病菌が早産した妊婦のうち3割の人の羊水中から検出されたとの内容の論文も出ている。

 歯周病菌が早産などを引き起こす仕組みは解明されていないが、血流に乗った歯周病菌が胎盤まで達し、陣痛促進剤にも含まれるプロスタグランジンなどの炎症性物質が作られて、早産につながるのではないかと考えられている。


 歯周病には、生活習慣やストレスなどの環境も影響することが知られている。中でも最大の危険因子とされるのが喫煙だ。NPO法人・日本歯周病学会(東京都豊島区)によると、たばこを吸う人が歯周病になるリスクは、吸わない人の2〜8倍で、吸う本数が多い程危険も増える。

 同学会禁煙推進委員長の上田雅俊・大阪歯科大教授(歯周病学)によると、喫煙は、歯周病の症状を進行させる面と、早期発見を妨げる面がある。

 たばこに含まれるニコチンや、煙の成分の一酸化炭素には、歯茎内の毛細血管を収縮させたり、酸素の運搬を邪魔する働きがある。そのため、煙を吸うと歯茎や歯を支える歯槽骨に栄養や酸素が行き届かず、炎症を起こしやすくなる。またニコチンは白血球を傷つけるなどして、免疫機能を低下させる。本来歯茎内に存在して、傷ついた組織の修復を助ける線維芽細胞も、ニコチンにさらされると成長を妨げられる。

 また、喫煙による血管の収縮が、歯周病の早期発見をも妨げる。歯周病は自覚しにくいが、歯茎からの出血がそのサインとなる。だが血管の収縮によって出血が抑えられてしまい、気付かない間に重症化することもあるのだ。

 禁煙すると5〜10年で歯周病になるリスクは非喫煙者並みに下がる。歯茎の血流は数日〜数週間で正常に戻るため、既に歯周病にかかっている場合は一時的に出血したり赤くなることもあるが、炎症そのものの悪化ではない。

 上田教授は「たばこが怖いのは、本人だけでなく、他人のたばこの煙を吸い込む『受動喫煙』で、周囲まで歯周病になるリスクが増大することだ」と警告する。


 歯周病は自覚症状がないまま少しずつ進行し、歯がぐらぐらするなどの症状が出た時には、既に相当悪化した状態だ。しかし症状が出る前でも、歯磨きなどで口の中を常に清潔にすることで、進行を防ぐ、あるいは遅らせることができる。日ごろの心がけ次第で、症状が大きく左右される病気でもあるのだ。大阪大医学部付属病院の歯科衛生士、森川友貴さん(30)に教えてもらった方法を、2回に分けて紹介する。

 まずは歯ブラシの選び方。「毛先が柔らかく、毛の束が3列ほどで幅が狭めのものがお勧め」という。毛先が硬いと、歯茎が必要以上に強い力で磨かれて、だんだんすり減ってしまう。また幅が広いと、歯周病の原因となるプラーク(歯垢(しこう))がたまりやすい歯と歯茎の間に毛先を当てにくく、奥歯も磨きにくい。

 注意がいるのは、歯と歯のすき間が広くて磨きにくい奥歯だ。ここは毛先の角の部分を歯のすき間に埋め込むようにすると効率がよいという。「消しゴムで字を消すのに、角を使うと力が小さくて済むのと同じ感覚です。毛先を歯のすき間に埋めたら、大きく動かさなくても、そのまま毛先を小刻みに震わせる程度で磨けます」

 また同じように磨きにくい前歯の裏側は、歯ブラシを縦にすると毛先が当たりやすい。こうして1本ずつ順番に磨くように歯ブラシをかければ、磨き残しが少なくて済むという。


 歯周病の進行を防ぐには、口の中を常に清潔にしておくことが重要だ。そのためには日々の手入れが欠かせない。前回に引き続き、大阪大医学部付属病院の歯科衛生士、森川友貴さん(30)に教わったポイントをまとめた。

 前回は歯ブラシの選び方や、歯磨きのコツを紹介した。磨き残しがあるかどうかは、舌で歯を触ってみると分かる。「歯の表面は、ガラスのようにつるつるしているのが本来の姿。舌で触ってざらざらしているのは、汚れている証拠です」

 だが、どれだけ歯磨きを徹底しても、取ることのできる口の中の汚れは60〜70%と言われる。これを補うのが歯間ブラシだ。歯と歯のすき間の大きさに合わせて、さまざまな太さのものがあり、いずれも薬局やドラッグストアで購入できる。

 また、歯の表面に付いた汚れをふき取る「フロス」という糸状の道具もある。歯間ブラシが入らないような、狭いすき間でも使うことができ、「歯と歯茎の間に糸を当てて汚れを取ることを意識して」とアドバイスする。

 さまざまな道具で歯や歯茎に付いたプラーク(歯垢(しこう))を取ることで、歯周病の進行は防げる。さらに森川さんは「半年から1年に1度ほど、歯科で歯の清掃を受けてほしい」と勧める。歯痛でもないのに歯科に行くのは抵抗があるかもしれないが、「歯の掃除をしてほしいと頼んでもらえれば。磨き残しの部分も指摘してもらえる」と話している。

2010.11.22〜26 記事提供:毎日新聞社