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日本の医療の問題、適正評価のない技術コスト

コストや技術が反映されない診療報酬
総額決まった上での報酬配分に限界

● 2003年の閣議決定後もコストや技術はなかなか反映されず。
● 医療崩壊などを機に10 年度改定では外科の手術料が大幅アップ。
● 内科の専門性をいかに診療報酬に反映させるかが今後の課題。


 医療の対価である診療報酬に、労働時間などのコスト(人件費)、医師の専門性や技量といった技術が適切に反映されない─。医療界は長年、この問題に頭を悩ませてきた。

  2003年3月、政府は「医療保険制度体系及び診療報酬体系に関する基本方針」を閣議決定し、医療制度改革の方針を提示した。その中で、診療報酬体系についても、医療技術や医療機関のコストを適切に評価する方向で、見直しを進めることを表明。診療報酬のあり方を見直す機運が高まった。しかし、「これまでコストや技術が診療報酬に十分反映されてきたとはいいがたい」と内科系学会社会保険連合内保連)代表の齊藤寿一氏は話す。

外保連試案で手術料がアップ
  典型的なのが、外科の手術料だ。外科系学会社会保険連合外保連)は1982年から、手術の技術度区分(難しさ)、直接協力者人数(どのような資格の人が何人必要か)、所要時間の3要素に基づき各手術の報酬を算出。外保連試案として取りまとめ、診療報酬改定のたびにコストや技術が十分評価されていないと主張してきた。例えば、食道悪性腫瘍手術(頸部、胸部、腹部の操作によるもの)の診療報酬点数は、10年度改定前の時点で8万8200点。しかし、前述の3要素に基づいて算出した外保連試案では、17万5230点と、大きく乖離していた。

  背景には、限られた財源でコストや難易度の高い診療行為に手厚い点数を付けることが難しかったことなどがある。診療報酬改定では、政府が決定した改定率に基づいて、中医協が個別の項目に財源を振り分けるため、ある項目に高い点数を付けるには、別の項目の点数を抑えたり削ったりしなければならないからだ。

  しかし、10年度改定を機に、エビデンスに基づいた診療報酬改定が行われる兆しが出てきた。救急や産科、小児科、外科などの医療が崩壊寸前に陥り、政府は急性期医療に手厚く財源を配分する方針を提示。外保連の取り組みも認められ、難易度の高い技術度区分(DとE)の手術料が3〜5割増と大幅にアップした(表1)。前述の食道悪性腫瘍手術は改定後、11万3900点となった。

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表1 10年度改定における主な手術料の改定内容

くすぶる内科医の不満
  一方、外科に比べて、コストや技術を診療報酬に反映しにくいのが内科だ。そもそも内科には、外科の手術料に当たる、コストや技術を反映できる報酬項目がない。外来受診した患者に対し、問診や診察、検査決定、結果判断をして診断を下しても算定できるのは、初再診料など全科共通の基本診療料を除けば、検査、投薬、処置の点数ぐらい。こうした現状について、齊藤氏は「現状では、作家に原稿用紙代とインク代しか払っていないようなもの。何を重視して診察するか、検査結果をどう分析するかなど、頭脳活動や経験が全く評価されていない」と指摘する。

  内保連が昨年5月に加盟106学会に内科系医療の問題点を尋ねた調査(回収率74.5%、79学会)でも、92%(73学会)が「専門性が適切に診療報酬に反映されていない」と回答。10年度改定で外保連試案が手術料アップに結び付いたこともあり、内科医からは専門性を評価してほしいという声が高まっている。

問題は、どのように診療報酬に反映させるか。現時点では、(1)専門医資格を反映させる(2)時間と難易度などの指標を調査して反映させる(3)専門性の高い内科系の診療行為に点数を付ける─など、いくつかの方法が候補に挙がっている。

  ただ、医療界には、医師の差別化につながるなどとして専門医資格を診療報酬に連動させることに反対する声がある。また、手術と違い、内科系の診療行為は時間がかかるからといって、必ずしも高い技術を要するとは限らない。

  齊藤氏は、「糖尿病性ケトアシドーシスや敗血症など、治療において内科医の負担が大きい割に、現状では検査や処置などの点数しか算定できない重篤な内科系疾患について、疾患ごとに診療料を付けるのも手だ」と話す。内保連は近く、検討の方向性を決める予定。12年度改定では、こうした取り組みが診療報酬に反映される可能性もある。

診療報酬増でも給与は同じ
  コストや技術を反映した診療報酬改定が実現しても、それが給与にも反映されないと意味はない。現在も救急や外科、小児科などの診療科では、忙しさと給与が比例しないことに不満を抱く医師は多い。

  日本胸部外科学会の調査では、10年度改定で手術料が大幅にアップしても、それが外科医の給与に反映されない実態が浮き彫りになった(図1)。九大病院心臓血管外科教授の富永隆治氏は、「外科崩壊を食い止めるためにも、診療報酬の一部を外科医に還元する必要があるのではないか」と話す。

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図1 日本胸部外科学会の調査結果
10年9月に日本胸部外科学会が実施。学会の関連施設と大学病院に対して調査を行い205施設から回答を得た。

 山形大病院は06年から、難易度の高い手術や時間外の手術を行った場合、手術料の一部を執刀医や麻酔医などに還元する仕組みを導入(表2)。ただし、こうした病院はまだほんの一握り。また、外科系だけで忙しさや技術が給与に反映されればいいのかという課題もある。山形大病院長の久保田功氏は、「今後は、内科医が夜を徹して重篤な疾患の治療に当たった場合、給与で報いることができるような仕組みも作りたい」と話している。

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表2 山形大病院において手術料に応じた手当の対象となる診療科
山形大病院では該当する診療科が3万5000点以上の難易度の高い手術、時間外の手術を行った場合、手術料の1割に相当する額を規定の割合に案分して、執刀医や麻酔医などに対して支給する仕組みを導入している。


2011.01.11 記事提供:日経メディカル