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抗菌薬の投与量をPK−PDから考えると

□■ クラビット300mg分3を500mg分1に変更する理由 ■□

肺炎や急性膀胱炎の治療に広く使用されているレボフロキサシン。従来の剤形は100mg錠で200〜300mgが分2〜3で処方されていましたが、今年7月、先発品のクラビットに1日1回服用の500mg錠が登場。時期は未定ですが、クラビット100mg錠の発売はいずれ中止される予定だそうです。

 100mg錠でも効果が得られているのに、なぜ500mg錠に変更されるのか。そこには、近年注目されているPK-PD理論が関係しています。この考えに基づくと、キノロン系抗菌薬のレボフロキサシンは、1回の投与量を増やした方が、抗菌効果が高まると考えられるのです。

 日本の新薬開発では、とにかく安全性が重視されてきたため、昔開発された抗菌薬は概して用量が少ないことが指摘されてきました。しかし最近は、クラビットだけでなく、2007年に発売されたキノロン系抗菌薬のガレノキサシン(ジェニナック)や、今年4月に発売されたマクロライド系抗菌薬のアジスロマイシン(ジスロマックSR成人用ドライシロップ2g)など、PK-PDを考慮した薬剤開発が進行。今後開発される抗菌薬は、PK-PD理論に基づく科学的な用法・用量の設定が前提になっていきそうです。

抗菌薬に高用量化の流れ
レボフロキサシンとアジスロマイシンに新製剤

抗菌薬のレボフロキサシン(商品名クラビット)とアジスロマイシン(ジスロマック)に、1回量が従来より大幅に多い新製剤が登場した。増量の目的は、抗菌効果の向上と薬剤耐性化の防止だ。


肺炎や急性膀胱炎の治療に広く使用されているレボフロキサシン。従来の剤形は100mg錠で、200〜300mgが分2〜3で処方されていたが、今年7月に1日1回服用の500mg錠が発売された。時期は未定だが、100mg錠の発売はいずれ中止される予定だという。100mg錠でも効果が得られているのに、なぜ500mg錠に変更されるのか。

肺炎球菌の耐性化を危惧
  感染症の治療ではこれまで、抗菌薬の開発と薬剤に対する耐性菌の出現という“いたちごっこ”が続いてきた。最近は大腸菌のキノロン耐性が進んでおり、2007年には、尿路感染症由来の大腸菌の2割以上がキノロン耐性だったという報告がある。また、肺炎球菌のレボフロキサシンへの耐性率も、現時点では全体で1.2%とまだ低いものの、処方される機会が多い高齢者で耐性株が増加しているとの報告がある。

 その半面、抗菌薬の新規開発は滞っており、以前のように次々と新薬が発売されることはなくなっている。慶応大医学部臨床薬剤学教授の谷川原祐介氏は、「この状況で肺炎球菌のレボフロキサシン耐性が進めば、実地医家における肺炎の治療は立ち行かなくなる」と話す。

 こうした中、注目されているのが、PK-PD理論だ(別掲記事参照)。これは薬剤の性質に応じて、それぞれが最も効果を示す用法・用量を科学的に導き出すための理論で、感染症領域で1990年代から盛んに研究されるようになった。この考えに基づくと、キノロン系抗菌薬のレボフロキサシンは、1回の投与量を増やすと、抗菌効果が高まると考えられる。

中等度耐性株も逃さず殺菌
  では、100mg1日3回を500mg1日1回に変更することで、なぜ耐性化が防げるのか。最近の研究から、肺炎球菌にキノロン系抗菌薬を処方する場合、AUC/MICの値が30以上であれば、100%に近い臨床効果が得られることが分かっている。さらに、Cmax/MICの値が5未満では、薬剤耐性を示し始めた中等度耐性株が完全に殺菌できず、かえって耐性化が進む可能性があることも分かってきた。

 谷川原氏らが、100mg1日3回投与と500mg1日1回投与の有効性を、コンピューターでシミュレーションしたところ、AUC/MICの値が30以上の被験者の割合は、100mg1日3回では95.1%、500mg1日1回では98.5%であり、臨床効果予測は大差なかった(図1)。ところが、Cmax/MICが5以上の被験者の割合は、500mg1日1回が93.5%だったのに対して、100mg1日3回は31.4%と大きく下回った。つまり、100mg1日3回の処方では、患者の約7割はCmax/MICが5未満になり、耐性化する恐れがあると予測された。

図1 コンピューターシミュレーションによる肺炎球菌に対するレボフロキサシンの効果予測(谷川原氏による)

図1

 東京女子医大感染対策部教授の戸塚恭一氏によると、同薬は日本で開発され、1993年に発売された。当時はPK-PD理論は一般的でなかったため、100mg1日2〜3回投与とされた。しかしその後、PK-PDを考慮した用法・用量設定の考え方が浸透。97年に米国で発売された時には500mg錠が標準とされたという。今回の500mg錠の臨床試験では、用法の変更による治療効果や副作用の変化は認められなかった。ただ、用量が増えているため、腎機能が低下している高齢者などは、添付文書に従って減量が必要だ。

 07年に発売されたキノロン系抗菌薬のガレノキサシンジェニナック)や、今年4月に発売されたマクロライド系抗菌薬のアジスロマイシンジスロマックSR成人用ドライシロップ2g)もPK-PDを考慮して開発された薬剤だ。アジスロマイシンでは、用量を500mg〜1gから2gに増量し、1回飲み切りにした。その際、Cmaxが高くなりすぎて副作用が増えないよう、製剤を徐放性製剤にしてCmaxを抑えつつ用量を増やした。

 日本の新薬の開発では、とにかく安全性が重視されてきたため、レボフロキサシンに限らず、昔開発された抗菌薬は概して用量が少ない。レボフロキサシンのように売上高が大きい薬でなければ、メーカーが新たに治験をやり直し、用法・用量の変更に至ることはないかもしれない。しかし、今後開発される薬に関しては、PK-PD理論に基づく科学的な用法・用量の設定が前提になっていくに違いない。

PK-PD理論とは・・・
抗菌薬の種類により理想的な投与方法は異なる(谷川原氏による)

 抗菌薬の効果は、薬剤の体内動態(PK:Pharmacokinetics)や薬力学(PD:Pharmacodynamics)により決まる。PKやPDは、最高血中濃度(Cmax)、血中に入った総薬物量(AUC)、抗菌薬が細菌の発育を阻止できる最低濃度(MIC)、抗菌薬の血中濃度がMICを超えている時間(Time above MIC)などの指標で示される(図)。近年、これらの指標により各抗菌薬の最適な用法用量を決定する研究が進んでいる。

図 抗菌効果に影響するPK-PDの指標
図2

 日本では現在、様々な抗菌薬が使われているが、抗菌薬の効果の特徴は大きく3種類に分類できる(表)。1つ目は、濃度依存的に抗菌効果が増強する薬剤。Cmax/ MIC、AUC /MICが高いほど効果が上がるため、1回の投与量を増量すると効果が高まる。これには、キノロン系やアミノグリコシド系が該当する。

表 PK-PDの考え方から見た各種抗菌薬における理想的な投与設計

表1

 2つ目は、時間依存的に抗菌効果が増強する薬剤。Time above MICに相関して効果が高まるため、投与回数を増やすと効果が高まると考えられる。これには、ペニシリン系や、セフェム系、カルバペネム系などが該当する。

 3つ目は、投与回数には関係なく投与量に応じて効果が増強する薬剤。AUC /MICに相関して治療効果が高まるため、投与量を増量すると効果が高まると考えられる。マクロライド系や、テトラサイクリン系、バンコマイシンなどが該当する。
富田 文



2009.9.7  記事 日経メディカルオンライン