心臓病予防に効果

中国貴州省の貴陽は長寿の里として有名だ。「長生きの秘訣を調べてほしい」と中国の共同研究者に頼まれ1987年に初めて訪ねた。飛行機から見た最初の印象は今でも鮮明に覚えている。山肌が白いカルスト地形だった。

石灰成分が多く含まれた土壌は稲作に適していない。すぐにピンときた。主食は米ではなく別のものではないか。現地の人に尋ねると予想通りの答えが返ってきた。「大豆とトウモロコシが主食。米はあまり口にしない」という。

貴陽では大豆の食べ方が実に多彩。チーズのように発酵させたものから、にがりの代わりに石灰岩に含まれるマグネシウムを入れて固めたカチカチの豆腐まである。中国では朝、外食ですませる人がほとんどだが、貴陽では厚揚げのような硬い豆腐を、通勤・通学途中にまるでハンバーガーをほおばるように立ったまま食べていた。

地元の人たちの協力を得て尿の中のイソフラボン量を測定することができた。日本人の平均の約1.5倍だった。

尿中のイソフラボン量が多いほど、心筋梗塞(こうそく)などになりにくいということが我々の世界各地での研究でわかっている。世界共通して女性の心筋梗塞による死亡は男性の3−4割だが、これはエストロゲンなど女性ホルモンによるところが大きい。心臓病は「性差による病気」といっても過言ではない。

世界60地域で女性の閉経による体調の変化を調べた。3分の2にあたる40地域の女性は、更年期に入ると血圧やコレステロール値が上昇したが、残り20地域に共通していたことが、日常的に大豆を食べているということだ。

エストロゲンとよく似た化学構造をもつイソフラボンが、心臓病予防や更年期障害を軽くし、貴陽の人たちのように長生きに役立っていると考えるのが自然だろう。

10年後、貴陽を訪れた。人民服は消え自動車が行き交うようになっていた。しかし、人々が豆腐をほおばる姿は変わらず、とてもほっとした。

(武庫川女子大国際健康開発研究所長 家森幸男)
2006.4.9 日本経済新聞