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分子結合で何でも、くっつける

何でもくっつける教授

金属同士,セラミックス同士,高分子同士であれ,金属とセラミックス,セラミックスと高分子,高分子と金属であれ,何でもくっつけてしまう技術を開発した大学教授がいる。接着したいモノの表面に「分子接着剤」と呼ぶ化合物を分子1層分付与するだけで,同種材料でも異種材料でも分子結合でしっかりと接着する。

 その大学教授は,岩手大学工学部応用化学科に籍を置く森邦夫氏。私が研究室を訪ねた際,森教授が最初に口にしたのが「接着の統一理論」という言葉だった。アインシュタインの相対性理論と同様,接着の理論も統一できる。接着という現象を整理し単純化した理論で統一すれば,余分な接着剤などを使わずに接着できるようになるというのだ。

 その理論の要諦は,接着現象を被着体間の結合エネルギではなく,被着体間の結合距離で考える点。このことは実は,熱力学や物理化学を専攻された方には大変なじみの深い「ギブスの自由エネルギ」から導ける。

 まず,自然界に起こる諸現象は,熱力学の第一法則と第二法則を組み合わせた,次式のギブスの自由エネルギ(ΔG)で表現できる。

  ΔG=ΔH−TΔS     (1)

 ここで,ΔHはエンタルピ,ΔSはエントロピ,Tは温度を表す。

 圧力一定の条件下で接着前を状態A,接着後を状態Bとすると,AからBに移行する,すなわち接着するためには,ΔG<0になる必要がある。それには式(1)より,ΔH=0が成立すればいい。

 いきなり小難しそうな理論式を引っ張り出してきて恐縮だが,森教授によれば,この理論は「理路整然と導かれたもので,万物の道理である」そうだ。そこでもうしばらく,このギブスの自由エネルギに立脚した論理展開にお付き合いいただきたい。

 さて,式(1)中のΔHは式(2)のように表せる。

 ΔH=V(δA−δB)2ΦAΦB  (2)

 ここで,Vは容積,δAとδBは溶解度パラメータ(SP値),ΦAとΦBは容積分率だ。

 上述した通り,ΔH=0だと,常にΔG<0という関係が成り立ち,必ず接着することになる。これは式(2)より,δA=δBのときにほかならない。要は,SP値が同じ材料であれば,接着する。ここでいうSP値が同じ材料とは,同じ成分の材料,あるいは成分は異なるものの同じ極性の材料のことを指している。

 では,SP値が同じ材料間(接着する材料間)と,SP値が相当異なる材料間(接着しない材料間)の界面は,それぞれどのようになっているのか―。両者の分子間距離を比較してみたところ,前者が0.2〜0.5nmの範囲内に収まるのに対し,後者は0.5nm以上だった。SP値が同じ材料間(接着する材料間)の場合,一定圧力の下では分子間力によって結合していたのである*。

* 分子間力による結合エネルギは1〜10kcal/U。
言い換えれば,二つの材料の界面における分子間距離が0.2〜0.5nmなら接着し,0.5nm以上ならば接着しない。肝心の分子間距離は,一定圧力(1気圧)下では二つの材料のSP値の差に依存するが,圧力が高くなると,その影響を受けずに圧力によって決まってくる。従って,圧力をコントロールして二つの材料の界面の分子間距離を0.2〜0.5nmの範囲内に保つことができれば,SP値が同じ材料を扱っていることと同じになる。すなわちΔH≒0が成立し,ギブスの自由エネルギはΔG<0に。この結果,異なる材料同士であっても,必ず接着できるということになるのだ。

分子間距離を制御する

接着したサンプル
図1 接着したサンプル
 上段左から,ガラスとシリコーン,エポキシ樹脂とシリコーン,EPDMとアルミ,PIとシリコーン,下段左から,ABS樹脂とアルミ,シリコーンゴムにめっき,SBRとステンレス,POMとNBR,PAとSBR,ガラスとアルミ。
 私が,このような研究成果に至った理由について聞くと,森教授いわく「INSです」。「I」は「いつか」,「N」は「ノーベル賞」,「S」は「さらう」。「いつかはノーベル賞をさらう」くらいの研究をしようと始めたのだと真顔で言いつつ,「実はINS,『いつも飲んで騒いでいる』うちに考えた理論なんですよ」と,茶目っ気たっぷりに笑う。一体,どちらの顔が本当なのかと戸惑う私の目の前に,森教授はサンプルを並べて「ほら,何でもくっつくでしょ」と,今度はいたずら小僧のような顔になる。

分子結合
図2 分子結合しているので,力いっぱい強く引っ張ってもはがれない
 このとき,私が見せていただいたサンプルが図1だ。上の左から,ガラスとシリコーン,エポキシ樹脂とシリコーン,EPDM(エチレン・プロピレン・ゴム)とアルミニウム,PI(ポリイミド)とシリコーン,下の左から,ABS(アクリロニトリル・ブダジエン・スチレン)樹脂とアルミ,シリコーンゴムにめっき,SBR(スチレン・ブダジエンゴム)とステンレス,POM(ポリアセタール)とNBR(ニトリルゴム),PA(ナイロン)とSBR,ガラスとアルミ。ご覧の通り,もう本当に何でもありなのだ。

 復習になるが,材料は何であれ,二つの材料の分子間距離を0.2〜0.5nmの範囲内に収めれば,その二つの材料は分子結合する。化学的に結合しているので接着強度は強く,材料単体の強度に限りなく等しい(図2)。しかし問題は,二つの材料の距離をいかに一様に近づけるか,だ。このために,被着体表面にそれこそ分子レベルで平面的に付与しているのが,「トリアジンジチオール」と呼ぶ化合物だ。

2009.12.9