White Family dental-site



メディアの報道姿勢ですべてが騒ぐだけの無駄に終わる

マスコミの報道に当初から怒り覚える◆Vol.1

事故当時から大学の主張はぶれず、「真実を語った」

「刑事裁判になった以上、事実は法廷で明らかにする」。こう語っていた杏林大学の “割りばし事件”の担当医の上司で、同大の元耳鼻咽喉科教授の長谷川誠氏。1999年7月に起きたこの事件は、昨年11月の刑事裁判の控訴審で担当医は無罪、今年4月に民事裁判の控訴審では担当医の過失は否定され、それぞれ判決が確定した(「“割りばし事件”、高裁判決でも医師無罪」「“割りばし事件”、民事高裁判決でも医師の過失否定」を参照)。
  事件から今に至る思い、医療と刑事裁判のあり方のほか、強くマスコミの報道姿勢を問題視する長谷川氏に話を聞いた(2009年6月23日インタビュー)。

-------------------------------------------------------------
  ――まず当時の様子からお教えください。先生が第一報をお聞きした状況は。

 患者さんがお亡くなりになった1999年7月11日は日曜日でした。突然大学から自宅に電話がありました。その前日の土曜日、耳鼻咽喉科の当直医が救急外来に来た患者さんに処置して帰っていただいています。その患者さんが翌朝、呼吸停止を来し、救急車で搬送されてお亡くなりになったといった内容でした。私の自宅は、大学まで車で10分くらいのところです。しかし、電車とバスを使うと40分くらいかかります。私自身クルマを持っていないので、自宅近くでタクシーを探して乗ろうとしましたが、なかなか捕まりませんでした。慌てていたのでしょう。結局、電車で行ったのですが、通常の2倍以上の時間がかかってしまったのを今でもよく覚えています。

 大学に着いてすぐに、当直の担当医から状況を聞きました。割りばしで口の中を突いてしまった患者さんでしたが、土曜日の診察では、傷口は小さく、止血していることを確認しています。意識はあり、手足も問題なく動かすことができた。それで経過を見るという形で、帰宅していただいたとのことでした。

 その日曜日、救命救急センターの責任者に近い立場の医師が担当していました。この医師が搬送後、死亡を確認しました。彼は、割りばしが脳内に残っているとは想像できず、死因が不明なため、腰椎穿刺をしたところ、血性髄液の所見を認め、脳出血を疑いました。その後、頭部X線とCT撮影を行っています。

 ――そうした状況をお聞きになり、先生ご自身はどう受け止めたのでしょうか。

 「割りばしで口腔内を突いた」という事実はありましたが、死亡との関連性は考えられても、その先は分からなかったというのが正直なところです。何らかの物で口腔内を突くのは危険なことですが、それが死亡原因であるとは想像できなかった。まず木の割りばしが骨の厚い頭蓋底を貫通するとは考えにくく、仮に貫通して脳幹部に割りばしが刺さった場合にはほとんどが即死、運よく助かっても高度の意識障害、四肢麻痺が生じます。しかし、今回の患者さんの場合は土曜日の診察でこうした所見がなかったのですから、なぜ死亡されたのかが分からなかった。

 その後、私は杏林大学の過去10年前後のデータを調べたのですが、何らかの物で口腔内を突いたケースは100例ぐらいありました。しかし、そのうち重大な問題を引き起こした例や死亡した例は一例もありませんでした。

 ――その後、病院はどう対応されたのでしょうか。

 異状死として医師法21条に基づき、直ちに警察に届け出ました。警察医が検死に来て、口の中などを診て、「これは病死ですね」と。しかし、救命救急センターの医師が「これは異状死だから、解剖してほしい」と依頼したと聞いています。それで司法解剖を行うことになりました。

 ただその日は日曜日だったので、解剖は翌7月12日に実施されています。

 ――病院としては、どんな検証を行ったのでしょうか。

 当時、事故が起こったときには、担当教授、病院長、関係する医師らが集まり、対応などを協議する体制になっていました。

 今回の場合、土曜日の診察時、患者さんが病院内におられたのは1時間弱で、担当医が診察したのは5〜10分程度だったと思います。担当医は、問診をし、口腔内をチェックし、傷口に消毒薬を塗って、月曜日に再度外来を受診するなどの指導をしています。つまり、実施した医療行為は極めてわずかで、患者さんの死につながるような医療行為は一切していないのです。治療経過が長い場合は、その時々にどんな医療行為を行ったのか、またどこに問題があったのかを検証できますが、今回の場合はそもそもやった行為がわずかなもので事実の把握は容易でした。

 当時の私が知る限り、「本来やるべきことをしなかった」という理由で、刑事責任を問われた例はありませんでした。しかも、解剖結果が出るまで死亡原因が分かりません。したがって、その時点ではそれ以上、検証はできませんでした。

 7月13日に司法解剖の結果、つまり「割りばしが頭蓋内に残っていた」ことを、私たちが警察に行って説明を受けました。

 ――警察では解剖所見などを詳しく見せてもらうことができたのですか。

 いいえ。相手は警察官で、医師ではありませんから、頭蓋内に残っていた割りばしの現物を見せていただき、口頭で説明を受けただけです。

 その後、同じく13日に大学は記者会見を開き、診療経過や司法解剖の結果などについて説明しました。会見は時間制限を設けずに行い、いろいろな質問が出ましたが、私が記者会見で一番言いたかったのは、同様の事態が今後起きないために、「子供が物を口に加えて遊んでいて転ぶと、予想もしない悲劇が起こる。だから注意してほしい。こうしたことをぜひ報道機関が啓蒙してほしい」ということでした。しかし、マスコミ、つまりテレビと新聞は一切、この点についてその直後報道せず、また私が知る限り、現在に至るまで報道した形跡はありません。

 今回の件に限らず、マスコミは「社会の木鐸」と言われていますが、その役割を放棄していると私は考えています。自分たちにとって都合のいいこと、利益につながることだけを報道する。それ以外のことは重要であっても関係はない、という姿勢です。

 ――記者会見ではどんな質疑応答が行われたのでしょうか。

 頭蓋内に割りばしが残っていた事実については、患児の家族の希望で他言しないように、と警察から言われていました。しかしそれ以外のことに関しては、われわれはその時に知り得たことをすべてお話し、院長は、「これは医療事故ではない」と説明しました。実際には、この「これは医療事故ではない」という院長の発言のみがテレビでは繰り返し報道されました。マスコミは「何かを隠している、なぜ謝らないのか」などと思ったのでしょうか。確かにわれわれは会見の場で深い哀悼の意を表しましたが、間違ったことは何もしておりませんでしたので、謝罪することはしませんでした。そのことがマスコミには面白くなかったのでしょう。

 当時、われわれが記者会見で語ったことは、現在に至るまで一言もぶれていません。先ほども言いましたように、診察したのは短時間で、何を実施したのか事実関係はすべて把握できておりました。真実を語っていたので、その後も変わりようがないのです。

 ――患者さんが死亡された直後からマスコミ報道がありましたが、記者会見以降、状況はどうだったのでしょうか。

 確かに数多くの報道がされていました。しかし、記者会見後にどのような展開になるか、予測はつかなかったですね。

 ――刑事事件になることは。

 それは予想しておりませんでした。裁判になる可能性は考えていました。しかし、われわれにとって普通、裁判と言えば民事です。
聞き手・橋本佳子(m3.com編集長)



2009.7.9 記事提供 m3.com