参考:GOETHE 2016年12月28日
滝川クリステル いま、一番気になる仕事
ふじようちえん理事長・園長 加藤積一
『感じて、考えて、行動する』のが大事。
幼児教育こそ、国をつくる力がある
今回訪れたのは世界中から視察が殺到しているドーナツ型の不思議な幼稚園、ふじようちえん。園長先生の想いを具現化したのはクリエイティブディレクターの佐藤可士和さんと、建築を手がけた手塚貴晴・由比夫妻です。ハードはもちろん、ソフトの部分で唯一無二の信念とアイデアを持つ加藤園長の教育方法に迫ります。
地頭、地体の強い人間は体験で育っていく
滝川 今回は東京都立川市にある「ふじようちえん」に来ています。園庭を囲む楕円形のデザインと走り回れるウッドデッキが特徴的な園舎は、2007年3月に竣工し、日本建築学会賞をはじめ多くのデザイン賞を受賞しました。国内外からの視察や講演依頼も絶えないとか。
加藤 「ふじようちえん以降、日本の幼稚園のデザインが変わった」とよく言われますが、本当は中で何が起きているかが一番大切なんです。料理でいえば主役は料理であり、形はその料理をのせる器だと必ず伝えます。
滝川 ふじようちえんはモンテッソーリ教育を軸に、独自の教育方針を採用されていますが、どんな特徴があるのでしょうか。
加藤 モンテッソーリ教育は”子供が自ら育つ力”を尊重し、気づきや自主性、知的好奇心などを科学的に見て育みます。ラリー・ペイジら、Google創業時のメンバーも「モンテッソーリなくしてGoogleはあり得なかった」というコメントをしています。ただ110年前に提唱されたものですから、教具も現在とは異なる点があり、うちでは精神や心は大切に、現代社会にマッチさせながら行っています。それは子供たちの育ちの中身を観察する先生の力量があるからこそ、できることなんですね。
滝川 園児が約650人に対して、教職員が70人。大きな幼稚園ではあるけれど、対して先生の数が多いのも子供の育ちを細かく見ているからなんですね。モンテッソーリは人材育成にコストがかかるため、なかなか日本では定着しないという話も聞きますけれど。
加藤 まず面接で熱意や気配りといった心の部分で、ふじようちえんと合う人を採用します。その前提で、時間をかけていい先生に育ってもらっています。施設も僕らも、自然も動物も土も木も、すべてが子供が育つための道具ですから。
滝川 オペレーションにもかなり力を注がれているのでは。
加藤 先生たちの役割分担などは、かなり細かく考えています。それから新人の先生のためにあちこちに注意事項などの情報を含むQRコードを配置しておいて、手持ちの携帯電話でパッと読み取れるようにしてあります。そのQRコードも先生たち自身が作っているんですよ。
滝川 入園試験もないとか? 幼稚園からの距離が基準だと。
加藤 はい、あくまで地域の幼稚園という位置づけです。事前説明会参加と通園範囲はありますが。だから不動産屋の広告に「ふじようちえん徒歩5分」なんて書かれることもあって(笑)。
滝川 入園のため引っ越してくる方も多いということですか?
加藤 幼児教育の重要性が、日本でもやっと広まってきたのでしょう。ご家族の仕事場より、子供の育ちを重視した住まい選びをされているのを感じます。実際、以前よりお父さんの通勤時間が長くなっている方々も多くいらっしゃいますね。
滝川 それだけ教育方針の独自性が強いということですよね。
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- Sekiichi Kato
- 1957年東京都生まれ。大学卒業後、食品関連の会社経営を経て、父が営んでいた藤幼稚園を妻とともに引き継ぐ。2007年新校舎を竣工、独特の園舎とユニークな教育方針が注目を集め、OECD(経済協力開発機構)学校施設好事例集最優秀賞ほか表彰多数。
- Christel Takigawa
- 1977年フランス生まれ。WWFジャパン顧問、世界の医療団 親善大使。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 顧問。一般財団法人クリステル・ヴィ・アンサンブル代表。http://christelfoundation.org/
@christeltakigawa
加藤 何よりも「子供が育つところ」をいつも心がけています。各教室には子供たちが自然に学べる仕かけがたくさんあります。基本は自分で触って、感じて、考えて、行動するという「感・考・動」のサイクルづくりができるようにしています。
滝川 子供に自分で選ばせるって、欧米では当たり前のことだけれど、日本では横並びになりがちな部分もありますから……。
加藤 今この子たちが着ているTシャツは半袖・長袖各8色あります。その日に好きな色を自分で選ぶ。冬に半袖を着てもいいし、自由なんです。大切なことは個人差をすべて認めてあげることであって、寒いかどうかは自分で考えればいい。お母さんが心配性だったり過保護だったりすると最初はぎこちないんですが、半年もすると解き放たれて、花が太陽を向くように「好き」を主張し始めます。
滝川 遠足のしおりのようなものも、ないですか? おやつは300円とか。持ち物とか。
加藤 それはあります、準備する親御さんはマニュアル世代なので、迷わないように。
滝川 私は小学校がフランスだったんですけど、そういう規則が全然なかったんです。だから日本に来て、決まりごとの多さにビックリしました。
加藤 日本人は考える力そのものが落ちているでしょうね。私は地頭・地体の強い──自分で考えてすばやく柔軟に動ける、現場に強い人間を育てたいんです。そのためには実体験が絶対に必要なので、なんにでも挑戦してほしい。実体験は教えられるものではありません。だから環境を用意する。園庭もわざと凸凹にして、子供が転ぶようになっています。一回転んだ子供は転ばないようにするものです。そういうふうに体験しながら、子供は育っていく。
滝川 クレームは来ませんか。
加藤 ありません。事前にきちんと説明してありますから。
滝川 本来子供って、自分で育っていく生き物なんでしょうね。大人が決めつけて前もって用意しているだけで。
加藤 日本の子供の育つ環境は、大人がつくりすぎのような感じがします。つくりすぎずに、もっと子どもが育つ余地をいっぱい残してあげたほうがいい。
滝川 ご自身がそういう教育を受けられたのでしょうか。
加藤 教育というよりは環境でしょうね。私は立川で生まれ育ったのですが、子供の頃はまだ米軍基地があったんです。ダブルの友人もたくさんいましたし、文化としても新しいものが多かった。一方基地を出れば完全に古いしきたりの残る農村地帯であって、戸をきちっと閉めないとおばあさんに怒られる。屋根で遊んでいて落っこちて笑われる。時代の頭と尻尾が同居している環境に育ちました。
滝川 今は幼稚園だけでなく、保育園も展開されています。
加藤 ふたつめの保育園を再来年、子供たちのさまざまな可能性をその先にもつなげたいと思い、2021年を目標に小学校オープンに向けても動いています。今も実は、卒園生が小学校が終わったあとに、7時半まで英語のレッスンに来ています。300人くらいかな。
滝川 朝から夜まで休みなく。
加藤 以前は乗馬もしましたが最近はあまりやらないですし、教育を考えること自体が私の楽しみのようなもので。妻と「日曜日が空いているから、親子で来られる”ふじようちえんの家族レストラン”でもやりたいね」と話しています(笑)。
滝川 すごいバイタリティー。それに今日実際に触れ合って、子供たちが明るくパワフルなことに驚いています。幼稚園のマニュアルを作ってほしいくらい。
加藤 文科省表彰をいただいた時にもお話ししたのですが”幼児教育こそ、国をつくる力がある”と思っているんです。さらに言うと国同士の友好関係も、子供時代から培っていけたら理想じゃないですか。世界の子供たち皆がつながること、それは世界平和へ近づく唯一の方法ではないかと。いつかそんな「世界幼稚園」を作りたいんです。
滝川 どのくらいのスパンをイメージされているんですか。
加藤 100年くらいの計画ですね。子供って言葉がわからなくてもすぐに仲良くなれるんです。まずはエアメールを交換し合うペンパルのような形でもいいから、世界中の子供同士が手をつなげるステージを用意していく。新しい時代に、新しい歩み方ができる関係を提案していく。それも私たち教育者の、重要な役割だと思っています。