ソーセージショック WHO「加工肉に発がん性」

参考:2015年11月20日 (金)配信 朝日新聞

 ソーセージをこよなく愛するドイツの人々に、衝撃が走りました。世界保健機関(WHO)の研究機関が10月、「ソーセージなどの加工肉には発がん性がある」と指摘したからです。伝統の肉食文化も時代の流れには逆らえず、ドイツでも「肉離れ」が続いています。食肉業界は気が気ではありません。

■独世論2割が「不安」 地元紙は一斉に養護

「メルケル、ベッケンバウアーに続いて、ドイツの『著名人』にいちゃもんがつけられた」――。

独有力週刊紙ツァイト(電子版)は10月28日の特集記事で、こう皮肉を言いました。ここでいう「著名人」とはソーセージのこと。難民問題に苦慮するメルケル首相や、サッカーワールドカップ招致買収疑惑で窮地のベッケンバウアー氏と並んで、「伝統料理のスーパースターが危機」とセンセーショナルに報じました。

発端はWHO傘下の国際がん研究機関が10月26日に発表した報告書です。ソーセージやハムなどの加工肉を「1日50グラム食べると、結腸や直腸のがんにかかるリスクを18%高める」などと指摘し、加工肉や喫煙やアスベストと同じグループに分類しました。ただし、この分類は科学的根拠の強さを示すもので、発がんの確率の高さを意味するわけではありません。

それでも、伝統料理の代名詞ソーセージに関わるだけに、動揺は小さくありませんでした。発表直後の世論調査で、5人に1人が報告書に「不安を抱いている」と回答。7人に1人が「肉の消費量を減らそうと考えている」と答えました。

ドイツの肉製品産業連盟幹部のトーマス・フォーゲルザンク氏は、朝日新聞の取材に「疑わしい報告書で、多くの消費者を不安にさせてしまった」と風評被害を懸念します。

波紋は各界に広がりました。

シュミット独農相は「問題は量であり、過剰に摂取しない限り問題はない」と火消しに走りました。独主要各紙は「かわいそうなソーセージ」(南ドイツ新聞)、「我々のソーセージは素晴らしい」(大衆紙ビルト)などとソーセージの擁護にまわりました。

2008年にノーベル医学生理学賞を受賞したドイツ人のハラルド・ツアハウゼン博士は、独メディアの取材に「ボリビアやモンゴルも消費量が高いのに、大腸がんの発症率が低いことに言及していない」と批判しました。

■祭り・逸話、にじむ愛

ドイツ人のソーセージ愛は筋金入りです。中世に、祭事で超巨大ソーセージを担いで人々が街を練り歩き、協会などに奉納した記録が各地に残ります。南部ランツフートでは、1256年に「良質の豚肉のみで製造すること」という製造規則が作られていたといいます。

政治家をめぐる逸話も残ります。19世紀の鉄血宰相ビルマルクは、「ソーセージと法律を作る過程は知らない方が安眠できる」という格言を用いました。どんなに美味なソーセージ、素晴らしい法律も完成までの過程は醜悪です。そんな意味が込められているとされます。

最近では、シュレーダー前首相の好物がカレー風味のソーセージ「カリーブルスト」だったことは有名です。

味付けや調理を工夫できるため、各地で風習や文化を採り入れた特産ソーセージが作られました。ミュンヘンの白ソーセージやニュルンベルクの焼きソーセージなど約1500種類に上ります。

一方、ドイツ人の肉食は減少傾向が続きます。1人当りの食肉消費量(加工肉を含む)は、東西ドイツ統一を果たした1990年に年間66・3キロでしたが、14年は60・3キロでした。

専門家によると、健康志向の高まりで若者や高齢者が肉食を敬遠。都心部を中心に単身世帯が増えたことも食文化を一変させました。「伝統的肉料理は調理に手間と時間がかかる。宅配ピザや簡単なパスタなどで済ませる人が増えている」(独肉製品産業連盟幹部)といいます。

そんな逆風の中でも、ソーセージなど加工肉は健闘してきました。統計によると、1人当たりの消費量は年間約30キロで、食肉消費全体の半分を占めます。日本の消費量(1世帯当たり約10キロ)をはるかにしのぐ量で、この10年ほぼ変化していません。

予防・健康マネジメント単科大学(独ザールブリュッケン)のニコライ・ウォルム教授は、WHO報告書が「ドイツ人の自尊心を大いに傷つけた」とする一方で、「グローバル化で海外の食品が手軽に手に入るようになった。ソーセージも、とってかわられるかもしれない」と話します。

■生き残りかけて、肉使わぬ製品も

生き残りをかけて大胆に動き出した業者もいます。

独北西部バート・ツウィッシェンアーンにある加工肉の老舗大手「リューゲンワルター・ミューレ」。1年ほど前から、肉を使わず、大豆などを原料とするソーセージを売り出しました。

20年来続ける肉製品の売り上げが激減。国内約800万人とされる菜食主義者に狙いを絞ったといいます。同社の責任者ゴートー・レーベンさんは「研究を重ね、味にも100%の自信がある。今では、売り上げ全体の2割を占めている」と話しています。(ベルリン=玉川透)

◆キーワード

<ソーセージとドイツ> 数千年前、中近東などが発症とされる。「塩漬けし、貯蔵した肉」というラテン語が語源とも言われる。中性になって欧州全土に広まり、厳しい冬の貴重な保存食となった。当時ドイツでは食肉組合などが味を高める技術を研究。各地の習慣や風土で様々な特産品が生まれた。日本にソーセージ技術を本格的に伝えたのも第1次世界大戦のドイツ人捕虜たちだったとされる。

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