新型コロナ「変異種」を過度に恐れる必要がないこれだけの理由

参考:MIT Tech Review 2021年1月7日(木)

新型コロナ「変異種」を過度に恐れる必要がないこれだけの理由

12月に新型コロナウイルスの新たな変異種が英国で検出されたのを受けて、世界中の国々が英国からの渡航者の入国を制限するなど警戒を高めています。今回の変異種は感染力がより高いという報告がありますが、製薬会社は、すでに開発されたワクチンや抗体薬で十分な効果が望めるとしています。


12月に入ってから、英国で新型コロナウイルス(SARS CoV-2)の変異種が検出されました。欧州全体が警戒を強め、英国からの渡航者の入国を禁止する国も出ています。

しかし、この新たな変異種がはるかに強い感染力を持つかどうかは、一部の科学者が警告しているようにまだ明らかではありません。さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する認可を受けたワクチンまたは治療薬を提供するモデルナ(Moderna)、ファイザー/バイオンテック(BioNTech)、リジェネロン(Regene)、イーライリリーの各社は、提供する治療法が新たなタイプの新型コロナウイルスに対して有効なことを示す試験を実施中が、データがすでにあると発表しました。

最終的には改良が必要になるかも知れないが、最新のワクチン開発テクノロジーは、進化し続けるウイルスに迅速に対応するのにとりわけ適しています。

変異種で人々の不安をあおっている

新型コロナウイルスの新たな変異種は英国の研究所で発見され、ロンドンとイングランド南東部での感染者クラスターの急患に関連付けられました。英国政府の科学顧問らは、これまでの新型コロナウイルスに比べて、感染力が最大70%強い可能性があると推測しています。米国疾病予防管理センター(CDC)は12月22日、この新たな変異種は米国では検出されていないと発表しましたが、単なる時間の問題かもしれません。

新型コロナウイルスはこれまで何千もの突然変異を蓄積してきました。一部の科学者は、英国の最新の変異種に対する懸念は恐らく誇張されており、英国の科学者による積極的な遺伝子シーケンシングと政治家の過剰反応が不要なパニックを引き起こしたと考えています。

「この新たな変異種について心配する必要はありません。また、英国やその他の国からの渡航者の入国を禁止すべきではありません」。デコード・ジェネティクス(DeCode genetics)の最高経営責任者(CEO)であるカリ・ステファンソンはRUV(アイスランド国営放送)ニュース局に語りました。デコード・ジェネティクスはアイスランドで新型コロナウイルスの検査と遺伝子研究の先頭に立ってきました。ステファンソンCEOは最新の変異種について、「何ら劇的なものではなく」、

予防策と社会的距離を維持するために不安があおられていると考えています。

ポッドキャスト「今週のウイルス学(This Week in Virology)」のホスト役の1人であるウイルス学者のアラン・ダブ博士は、12月20日に放送されたエピソードの中で「この変異種が感染力を高める可能性があるでしょうか?感染が拡大するでしょうか?もちろん、何でも起こる可能性があります」と語りました。ダブ博士は、英国の変異種がたまたま特定の地域で優位に立ったと考える方が納得がいくと述べています。

「誰から誰に感染し、特定のどのウイルスの感染が最も広まったのかという問題です。

それは運次第です。そのウイルスの感染力が強いという意味ではありません」。

ウイルスはどのように進化するのか

英国で検出された変異種の感染力が強いか否か、または新たな生物学的効果があるか否かは、近いうちに証明されると予想されています。

12月22日にインペリアル・カレッジ・ロンドンのラヴィンドラ・K・グプタ教授が率いる研究グループが、最近の変異種の1つでは、少なくとも実験室で実施された試験によると、新型コロナウイルスの感染力が高まっていると報告しました。そして、ワクチンや医薬品のターゲットである新型コロナウイルスの特徴的なスパイクタンパク質の遺伝子に突然変異が蓄積しているという事実から、変異種がこれらの治療法に耐性を持つようになる「現実的な可能性」が生じているとグプタ教授らの研究グループは述べています。

英国と南アフリカで検出された特定の変異「N501Y」は、ヒト細胞への新型コロナウイルスの侵入しやすさを決定する部分であるスパイクタンパク質の「受容体結合ドメイン」を変えるため、注目されています。

しかし、耐性を持つ新型コロナウイルス株は、すぐには出現しないかもしれないと予想される合理的な理由もあります。

すべてのウイルスは遺伝物質にランダムな突然変異を起こします。ウイルスがより多くの宿主に感染できるとか、特定の医薬品に耐性があるなどのメリットをもたらす変化は、ウイルスの複製が遅くなるなどのデメリットを同時に生じない限りは優遇される傾向があります。

ウイルスがどれだけ速く変異するかは、ワクチンの効果の高さに大きく影響します。インフルエンザウイルスでは遺伝子交換が急速に発生するため、毎年新しいワクチンが必要となります。また、エイズの原因となるウイルスであるHIVに対するワクチンがまだないのは、HIVでは変異が非常に急速に起こることが理由の1つです。

そうしたウイルスに比べると、新型コロナウイルスは桁違いに変異スピードが遅いです。

「世界中の新型コロナウイルス感染者のウイルスよりも。1人のHIV感染者のウイルスの方が多様性があります」とフロリダ州ジュピターのスクリプス研究所(Scripps Research)の生物学者であるマイケル・ファーザン博士は言います。「2019年の中国の新型コロナウイルスや2020年のメイン州の新型コロナウイルスなど、現在の新型コロナウイルスの最も多様なバージョンを見つけ出したとしても、その多様性は1人のHIV感染者に見られるウイルスの多様性に劣るでしょう」。

新型コロナウイルスのゲノムは約3万塩基と比較的大きく、HIVやインフルエンザウイルスの約3倍あります。そのため、変化の速度ははるかに遅いです。

さらに、スパイクタンパク質はかなり大きな構造であり、約1270個のアミノ酸を含んでいます。そのため、体内の免疫システムに幅広いターゲットを提供し、免疫システムはスパイクタンパク質のさまざまな部位に対するさまざまな抗体を産生します。モデルナ、及びファイザー/倍音テックのワクチンはいずれも、この「多重特異性」免疫反応を誘発します。スパイクタンパク質の単一の突然変異、または複製の突然変異でさえ、ワクチンの効果が大幅に低下するとは考えられていません。

例えば、英国で検出された変異種にはスパイク遺伝子への9つの変異が含まれていますが、それでもワクチンが中和できる新型コロナウイルスのバージョンと99%同一です。

「新型コロナウイルスが安定していないことはわかっています。安定したウイルスは存在しません。新型コロナウイルスは進化します」。バイオンテックの創業者であるウグル・サヒンCEOは12月22日にドイツで開かれた記者会見でこう発言しました。「しかし、変異していない箇所もたくさんあります」。この1カ月にわたって、新しい変異種が発生するたびに同社は実験室で試験をしており、ワクチンに効果があることが示されているとサヒンCEOは説明しました。バイオンテックはこれまでに約20種類の変異種をチェックしており、今回英国で新たに検出された変異種に対しても同じ試験をする予定です。この試験には2週間かかりますが、サヒンCEOは「科学的には」同社のワクチンに効果がある「可能性が高い」と述べています。

同様に、クリスマスの週に米国でワクチンの配布を開始したモデルナは、「ワクチンが誘発する免疫は、最近英国で報告された変異種に対して予防効果がある」と考えています。新型コロナウイルス感染症に対する抗体薬を製造しているイーライリリーは、英国の変異種に見られる主な突然変異に対してすでに試験済みで、依然として効果があると説明しました。

新型コロナウイルスの変異に追いつく

それにもかかわらず、やがては、現在のワクチンと治療法の効果を低下させる突然変異が発生すると考える研究者もいます。「別バージョンのワクチンが必要になることは間違いありません」とファーザン博士は言います。「インフルエンザと同じように、新型コロナの変異種を追跡していくことになるでしょう」。

新バージョンのワクチンが必要になる場合、すでに米国で認可されているモデルナとファイザー/バイオンテックのワクチン開発テクノロジーに非常に有利に働く可能性があります。いずれのワクチンもメッセンジャーRNA(mRNA)の形で新型コロナウイルスの遺伝子データを使用し、免疫反応を誘発します。ワクチンは基本的にメッセンジャーRNAの入れ物なので、新たな変異種が発生した場合は一致するRNAに置き換えるだけで済みます。

「技術的には、新しいウイルス株を再現した新しいワクチンを数週間で作れます」とサヒンCEOは記者会見で語りました。

例えば、最初に投与されたモデルナのワクチンは、中国が新型コロナウイルスのゲノム情報を公開してからわずか1か月後の2020年2月に製造されました。

「メッセンジャーRNA関連企業の株が買われているのはそうした理由によります」とファーザン博士は言います。「メッセンジャーRNAのテクノロジーでワクチンを開発している企業は、新型コロナウイルスの新種が広まったときに最速で解決策を提供できるからです」。

医薬品についてはどうか?

mRNAワクチンは少々の突然変異があっても容易には影響を受けないとワクチン開発企業が説明する一方で、

これまでに米国で認可された2つの抗体薬はワクチンよりも柔軟性に劣ります。ワクチンが免疫システムに多数の異なる抗体を産生させるのに対し、抗体薬は1つまたは2つの特に強力な抗体で構成されているためです。

しかし現在のところ、抗体薬メーカーも強気です。

イーライリリーが販売している抗体薬「バムラニビマブ(Bamlanivimab)」は、米国で初期の新型コロナウイルス感染症患者の1人に見つかった抗体を利用して開発されました。この抗体薬は新型コロナウイルス感染症で中等度の症状が出た患者に注射投与されるもので、2020年11月に承認されました。クリス・クリスティ元ニュージャージー州知事は新型コロナウイルスに感染後にこの抗体薬の投与を受けました。一方、ドナルド・トランプ大統領は、リジェネロン・ファーマシューティカルズ製の同様の抗体治療を受けました

イーライリリーの抗体薬は受容体結合ドメインの1カ所をターゲットとしています。そこはスパイクタンパク質の突然変異を起こしやすい部位であるため、その領域に変異(英国で発見されたN501Y変異など)が起こると抗体薬の効果が低下する可能性があります。しかし、イーライリリーの免疫担当副社長であるアジェイ・ニルラは、同社の試験では「バムラニビマブが新しいウイルス株に対して完全な活性を維持することが示唆されています」とメールで述べています。

同様に、リジェネロンは、英国で検出された変異種については心配していないと発表しました。リジェネロンの抗体医薬品にはスパイクタンパク質の異なる部位に結合する2つの抗体が含まれています。そのため、新型コロナウイルスの突然変異によって医薬品が無効になる可能性が低くなります。

「中和の予備的な分析や、他の現在拡散している別の変異種に対するデータをはじめとする英国の変異種と当社の抗体薬についてこれまでに分かっていることはすべて、当社の抗体カクテルが英国の新しいウイルス株にも引き続き有効であることを示唆しています」と、リジェネロンの広報担当者であるアレクサンドラ・ボウイは述べています。

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