最近何かと話題の「ハイレゾ」。ハイレゾ対応のネットワークオーディオ/PCオーディオ機器が続々と登場し、さらにはAstell & KernのAKシリーズやウォークマンなど、ポータブル機器でもハイレゾ対応が進んできました。それに伴ってスピーカーやヘッドホン、イヤホンでもハイレゾ対応を謳うものが増えています。
またハードウェアと歩調を合わせ、ハイレゾ音源の配信も盛んになってきています。この分野の老舗であるe-onkyo musicは楽曲を次々に増やし、アニソンの配信も開始しました。またウォークマンの公式音楽配信サイトである「mora」も、ソニー・ミュージック、ユニバーサル、ワーナーといった大手レーベルのハイレゾ音源を配信開始しています。
■サンプリングレート違いの音源、圧縮音源は聴き分けられる?
このように盛り上がりを見せるハイレゾだが、編集部で何度か話題に上がっていたのが、「一般の方がハイレゾ音源を聴いた場合、本当に聴き分けられるのか?」ということ。もちろん当編集部員は、日々ハイレゾ音源に接し、その高い表現力を実感しているのだが、あまり聴いたことのない方に対してブラインドテストを実施した場合、どのような評価になるのでしょうか。またハイレゾの中でも、96kHz/24ビットや192kHz/24ビットといった、サンプリングレートや量子化ビット数が異なるデータの聴き分けが可能かというテーマもあります。
いや、そもそもハイレゾ音源を語る以前に、CDクオリティの音源と圧縮音源はしっかり聴き分けられるのでしょうか。AACの256kbps程度になると、聴覚上はほとんど聴き分けることができないとコーデック開発者は主張しています。この主張が本当に正しいのか、それとも人間の耳は圧縮音源をしっかりと聴き分けられるのか。このあたりにも以前から興味がありました。
そこで今回、圧縮音源やCDクオリティの音源、さらにはハイレゾ音源を複数用意し、ブラインドテストを実施しました。被験者はITライターの一条真人氏。これまで様々な体当たり実験を繰り返してきた同氏だが、今回は、もし間違えたらライターとしての立場が危うくなる可能性もあります。その危険性を顧みず、まさに体当たりで挑戦してくれまhした。
なお一条氏は、ハイレゾ音源や圧縮音源の原理などはもちろん理解しているが、日常的にハイレゾ音源を聴き込んではいません。今回のテストにはうってつけ(?)の人材です。
弊社試聴室に現れた一条氏に自信のほどを尋ねたところ、「マジで今回は当てますよ!」と、サムアップで余裕の笑み。なぜかよくわからないが自信があるようだ。
■5種類の音源を用意しランダムに再生
さて、今回のテストの条件をかんたんに説明します。まず音源はノラ・ジョーンズ「Don’t know why」1曲に絞りました。192kHz/24ビットのWAVをマスター音源として、ソフトで96kHz/24ビットのWAV、44.1kHz/16ビットのCD品位のWAV、256kbpsのAAC、128kbpsのMP3に変換。計5種類の音源を用意しました。なお、一条氏はこの曲をもちろん知っているが、所有はしていません。もちろん192kHz/24ビットのハイレゾ版も聴いたことがありません。
試聴は、これらの順番をランダムに再生し、気になったものは何度でも聴き直すことができるというスタイルにしました。
試聴に使った機材は、送り出しはMacBook AirのAudirvana。USB-DACはLUXMAN「DA-06」を用意しました。アキュフェーズのセパレートアンプに、スピーカーはELAC「FS409」を使用しました。
試聴の前に、今回の音源変換とシステムの設置を行った編集部の小澤(♂)が「これを聴き分けるのはかなり難しいと思います」と笑顔でコメント。「さっきセッティングしているときに聴いていたら、どの音源がどのサンプリングレートかわかっているのに、結構聴き分けが難しかった」といいます。「高級システムを使っているからか、圧縮音源でもそれなりに聴けてしまうんですよね」と付け加えます。だが、それを聞いても「まったく問題ありません」と一条氏は意に介さず、自信満々です。
いよいよ試聴スタートだ。まさかPCをのぞいてカンニングすることは無いと思うが、万全を期すためにアイマスクをしてもらいました。
楽曲の再生を1種類目、2種類目…と進めていくうちに、みるみる一条氏の顔色が曇っていきます。腕組みをして長考し、深くため息をつきます。冗談が次々に飛び出るふだんの姿からはかけ離れた姿です。「どうしたんですか」と声をかけると、「うーん、これ、頭が混乱してきますね…」と、先程までの自信が嘘のように、力ない言葉が漏れます。
その後、3種類目、4種類目…と再生を進めると、おもむろにアイマスクを外しました。すでに目から光が消えており、そのうちに視点が斜め下45度程度のところで固定され、動かなくなりました。完全にフリーズしたようです。「種類が少ないうちはどちらが高音質か判断しやすいけど、多くなるとどんどん混乱して分からなくなってきますね」と当たり前のコメントが出てくるあたり、完全に余裕を失っています。
5種類のファイルの再生を終えると、それまでの沈黙を破り、突然「ハッハハハハハ」と異様な笑い声を轟かせました。どうやら脳が正常な判断能力を失ってしまい、混乱して笑いに逃げてしまったようです。笑うことによって精神の均衡をギリギリのところで整えているのでしょう。保護回路が働いたような感じでしょうか。
■いよいよ答え合わせ。しっかり聴き分けることはできたのでしょうか?
5種類を聴き終わったあと、一条氏は何とか気を取り直し、もう一度聴きたい音源をリクエスト。それを何回か繰り返し、軽く頷いて試聴を終えました。
ついに答え合わせの時間です。5種類を聴き終えた一条氏に、小澤(♂)が「音が良いと思った順番に数字を言ってください」と詰め寄ります。
一条氏は、ためらいがちに「4番目、1番目、3番目、5番目、2番目の順です」と告げます。
小澤があらかじめ用意していた対応表と見比べるあいだ、長い沈黙が訪れた。古いが、「クイズ$ミリオネア」でみのもんたの宣告を待つ回答者のような表情になっています。
しばらくして「なるほど、興味ぶかい結果が出ました」と小澤(♂)が口を開き、ゆっくりと正解を告げました。一条氏が、音が良いと判断した順番は以下の通りでした。
(1)256kbpsのAAC
(2)44.1kHzのWAV
(3)192kHzのWAV
(4)96kHzのWAV
(5)128kbpsのMP3
なんと、一条氏はAACの音が一番良いと判断してしまった! そのあとにハイレゾを含むWAV系が並んだが、サンプリングレートの順番を正しく当てることはできませんでした。MP3を5番目、つまり最も低音質と判断したところはしっかり正解しましたが、全体的にはかなり厳しい結果になってしまいました。
………これはまずい。ハイレゾを盛り上げようと当サイトやハードメーカー、ソフトメーカー、そして我々メディアも一丸となっている中、ハイレゾが聴き取れませんでしたというのはシャレになりません。さすがにちょっと体当たりしすぎたかもしれません。
■2択なら聴き分けられるのか試してみました
テスト結果を受け、その場に居合わせた編集部員は皆うなだれ、この企画、本当に公開できるのか…と重い空気が漂い始めます。一条氏も雰囲気を察したのか「実はこの取材の前、1週間ぐらい徹夜が続き体調がすぐれなかった」と、それまで一言も聞いていなかった言い訳を始める始末です。
だが、AACが華やかな音に聴こえることは、取材に立ち会った複数の編集部員の意見も一致していました。エンコーダーの味付けによって派手な音作りになり、これを好印象に感じたのかもしれません。また一条氏は普段AACを利用しているとのことなので、それに耳が慣れていて、錯覚した可能性があります。
やはり音源が5種類ともなると、序列を判断するうちに頭が混乱し、ピタリと当てるのは難しいようです。そこで、今度はよりシンプルに、DaftPunk「Give Life Back to Music」を使って、88.2kHzのWAVと256kbpsのAAC、2種類のみに絞って再生しました。ハイレゾとローレゾの2択というわけです。
このテストは分かりやすかったようで、一条氏は一度聴いただけで、迷うことなく回答。しっかりと正解しました。この結果には少し顔をほころばせ、「ディテールの描き分けの差が明らか。音の広がりも全く違いますね」とオーディオ評論家のようなコメントが出て、口も滑らかになってきました。
2択であればハイレゾ音源の音質の良さをしっかりと認識でき、当てられることがわかりました。しかし、このままではやはりまずい。5種類の比較で圧縮音源が最も好印象だったという結論では終われません。被験者の能力によるものかもしれない。いや、そう信じたい。そこで、編集部の小澤(♀)を急遽試聴室に呼び出し、ピンチヒッターとして同じテストをやってもらうことにしました。
■ほとんど正解して面目を保った編集部・小澤
試聴室に現れ、テスト内容を聞いた小澤(♀)は「私、あまり耳が良くないので…」と自信がなさそうだったが、テストを終え、小澤が回答した内容は以下の通りとなりました。
(1)192kHzのWAV
(2)96kHzのWAV
(3)44.1kHzのWAV
(4)128kbpsのMP3
(5)256kbpsのAAC
192kHzから44.1kHzまでの順番をピタリと当てたのは見事。圧縮音源の2つで若干迷ったようで、間違えてしまったが、全体的にはおおむね順番通り。当サイトとしても何とか面目が保てる結果となり、これには、ほかの編集部員もホッと胸を撫で下ろしました。ハイレゾ音源特有の音場感や細かな表現力など、聴きどころさえしっかり分かっていれば、聴き込んでいない楽曲をいきなりブラインドテストで聴いても、ハイレゾ音源かそうでないかをしっかり聴き分けられたことになります。
なお、本線からは少し外れるが、ハイレゾ音源が必ずしも「スペック上の数字が大きい=高音質」とは限らないことを付け加えておきます。録音や制作時のプロセスがどのように行われたのか、マスター音源がどのようなものかなどによって音質は変わってくるので、注意してください。
正直なところ、今回のテストは難しかった。MP3と44.1kHz、192kHzの3種類くらいに音源を絞っておけば、混乱せずにしっかりと判断できたかもしれません。
何しろ被験者が2人だけなので一般化はできないが、今回の結果だけを見ると「2者択一なら、ハイレゾ音源を聴き込んでいない人でもしっかりハイレゾ音源を判別できる。ふだんからハイレゾ音源を聴いている場合、5種類程度に音源を増やしてもサンプリングレートの差まで当てられる」という具合でしょうか。次回、機会があればもっと大勢の被験者を集めてやってみたいものです。
それにしても、編集部の小澤(♀)がほぼ正解してくれたので何とか記事として公開できましたが、少しだけ心配しているのは、今後一条氏にオーディオ関連の仕事の依頼が来なくなるのでは、ということです(まあ、今も無いみたいだから大丈夫か)。