米国も資金提供、危険なコウモリウイルス研究 なぜ武漢で実施されたか?

米国も資金提供、危険なコウモリウイルス研究 なぜ武漢で実施されたか?

参考:mit technology review 2021年7月29日(木)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国の武漢ウイルス研究所は何年もの間、コウモリ由来ウイルスの組み替え体がヒトに感染することを実証してきました。米国も資金援助していた危険な研究はなぜ安全性の低い環境で実施されたのでしょうか。

米国のウイルス学者ラルフ・バリック教授は2013年、ある会合で石正麗(シー・ジェンリー)博士に声をかけた。バリック教授は、コロナウイルスに関して何百本もの論文を発表している世界的権威。一方で、石博士は武漢ウイルス研究所のチームの一員として、コウモリの洞窟でコロナウイルスを多数発見していた。石博士は、あるコウモリのグアノ(糞の堆積物)から、SARSウイルスに最も近い2種類のウイルスのうちの1つである「SHC014」という新種ウイルスのゲノムを検出したが、石博士のチームはSHC014を研究室で培養することには成功していませんでした。

バリック教授はこの問題を解決するために、コロナウイルスの「逆遺伝学」という手法を開発した。この手法を用いることで、バリック教授は遺伝子コードから本物のウイルスを生み出せるようになっただけでなく、複数のウイルスの一部同士をつなぎ合わせることもできるようになった。バリック教授はSHC014から「スパイク」遺伝子を取り出し、それをすでに自分の研究室にあったSARSウイルスの遺伝子コピーに挿入したいと考えていた。スパイク分子は、コロナウイルスが細胞内に侵入するための機能を持つ。出来上がったキメラウイルスを使えば、SHC014のスパイクがヒト細胞に付着するかどうかを実証できます。

それが実証できれば、SARSウイルスに類似したウイルス全般に対する万能薬やワクチンの開発を目指すバリック教授の長期的なプロジェクトに役立つはずだ。バリック教授は、SARSウイルスに類似したウイルスがパンデミック(世界的流行)の原因になるという考えを強めていた。SARSワクチンはすでに開発されていたが、インフルエンザワクチンが新型株に対してほとんど効果がないように、SARSに類似するコロナウイルスに対する効果はあまり期待されていなかった。SARSに類似するウイルス全般に対して抗体反応を誘発する万能ワクチンを開発するには、免疫系にさまざまなスパイクの混合物を提示する必要がある。SHC014はその1つになるでしょう。

バリック教授は、石博士にSHC014の遺伝子データを貰えないかと尋ねた。「石博士は快く、すぐに私たちにその遺伝子配列を送ってくれました」とバリック教授は言う。バリック教授の研究チームは、SHC014の遺伝子コードを用いて改変したウイルスを、そのウイルスに対するヒト受容体を発現させたマウスと、ヒトの気道細胞を含むシャーレに投与した。案の定、このキメラウイルスはヒト細胞内で「たくましく複製」した。この実験結果は、自然界には人間に直接感染するようなコロナウイルスがたくさん存在することを示唆することになりました。

バリック教授の研究が進む中、米国国立衛生研究所(NIH)は、重症急性呼吸器症候群(SARS)や、コロナウイルスを原因とする別の感染症である中東呼吸器症候群(MERS)、およびインフルエンザについて、すでに危険なウイルスの感染力や毒性を高める「機能獲得」研究への資金提供を、その安全性が評価できるようになるまで一時的に停止すると発表した。この発表を受けて、バリック教授の研究は行き詰まりました。

バリック教授はこの分野では伝説的な存在であったが、どんなに安全策を講じても、誰も知らない新型ウイルスが流出してアウトブレイクを引き起こす可能性は常に存在する。バリック教授は、研究室での徹底した対策により流出のリスクを最小限に抑えているし、自身の研究について、NIHが対象としていた高リスクのインフルエンザ研究とはまったく違うものだと感じていた。加えて、ラクダを媒介としたMERSの新たな感染者が中東で発生していたこともあり、自身の研究には緊急性があると感じていた。最終的に、バリック教授はNIHの同意を得て、研究を再開することができました。

バリック教授が2015年に発表した論文『A SARS-like cluster of circulating bat coronaviruses shows potential for human emergence(コウモリの間で蔓延するSARS類似コロナウイルスのクラスターは、ヒトにも出現する可能性を示している)』は、最先端の遺伝子テクノロジーを駆使して、文明世界に迫り来る危険性を警告する非常に優れた研究だった。また、バリック教授の予想通り、この論文をきっかけに機能獲得実験に対する懸念が再燃した。バリック教授は論文の中で、自身が実施した追加予防措置を詳しく説明し、自身の研究をテストケースとして掲げた。「将来のアウトブレイク発生に備え、アウトブレイクを軽減できる可能性と、より危険な病原体を作り出すリスクを比較検討する必要があります」とバリック教授は書いている。「科学審査委員会は、蔓延しているウイルス株を利用してキメラウイルスを作る類似の研究について、続行するにはリスクが大きすぎると判断するかもしれません」。

NIHの判断は、そのリスクは冒す価値があるというものだった。NIHは、武漢ウイルス研究所で実施される、バリック教授の研究と類似した研究に資金提供すると決断した。この決断が運命を左右したかもしれない。武漢ウイルス研究所は、すぐに独自の逆遺伝学テクノロジーを用いて数多くのコロナウイルスのキメラを作りました。

ただし、リスク計算を大きく変えることになった決定的な相違点には、ほとんどの人が気づいていなかった。武漢での研究は、バリック教授のバイオセーフティレベル3+(BSL-3+)よりもはるかに低いバイオセーフティレベル2(BSL-2)で実施されていたのです。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが発生した原因はいまだに不明だ。石博士によれば、武漢でのアウトブレイク以前に、石博士の研究室で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に遭遇したことは一度もなかったという。しかし、米国当局が研究所からの流出事故の可能性を調査する必要があると発言したことで、武漢の研究所での安全性の低い研究に対して米国が資金提供していたことに注目が集まった。現在、バリック教授をはじめとする多くの科学者が、NIHの資金提供は失敗だったと声を揃えている。COVID-19とは関係がないとしても、危険性のあるコウモリウイルスの研究をBSL-2で許可することは「真のスキャンダル」だと、スタンフォード大学のバイオエンジニアであるマイケル・リン准教授は述べます。

ランド・ポール上院議員が2021年5月11日に、米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の所長を長らく務めるアンソニー・ファウチに対して、米国が「スーパーウイルス」の研究に資金提供し、そのノウハウを中国へ提供するという「大きな過ちを犯した」と非難したことを受けて、中国で実施されていた高リスク研究に米国が資金提供していたことへの懸念が一気に国民的話題になった。ポール上院議員はファウチ所長に何度も詰め寄り、ファウチ所長が中国での機能獲得研究に資金提供したかどうかを明らかにするよう求めた。ファウチ所長はこの非難を否定し、「NIHはこれまで武漢ウイルス研究所の機能獲得研究に資金を提供したことはなく、現在も資金を提供していません」と断言しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2021年5月11日に行われた公聴会で、ランド・ポール上院議員は、米国立衛生研究所によるコウモリウイルス研究への資金提供をめぐり、アンソニー・ファウチ所長と対立した。

ファウチ所長の否定の根拠は、「SARS類似ウイルス、MERSウイルス、またはインフルエンザウイルスを、例えば空気中で拡散しやすくするなど、意図的に強化する研究」というNIHが示した一時停止措置対象の具体的な定義である。武漢ウイルス研究所の研究では、ウイルスの致死率を高めるという具体的な目標はなく、さらにSARSウイルスそのものではなく、実世界でのヒトに対するリスクが不明だったSARSウイルスの近縁種を使用していた。実際、そのリスクを特定することが研究の目的だった。ポーカーで手札の一部を新しいカードと交換する時と同様に、最終的なキメラウイルスが強いか弱いかを知る術はなかったのです。

NIHは、まだ当時の意思決定過程について十分な説明をしていない。調査中であることを理由に、2014年から2019年にかけて武漢ウイルス研究所に約60万ドルを送った助成金のコピーを公開することを拒否している。さらに、機能獲得のリスクを評価するための新しいシステムについてもほとんど明らかにしていない。この新システムは、匿名の審査委員会によって評価が実施され、審議内容は公開されないというものである。詳細が明らかになるまでの間、NIHは、今回のCOVID-19パンデミックは、パンデミックを引き起こす病原体の研究に関する2012年発表の論文の解説でファウチ所長自身が示していたシナリオ通りなのではないかと考える、ポール上院議員やその他の人々の憶測と戦うことになるでしょう。

「次の仮定に基づくシナリオを考えてみてください」とファウチ所長は書いている。「深刻なパンデミックを引き起こす可能性のあるウイルスを使った重要な機能獲得実験が、厳しく規制された世界有数の研究所で、経験豊富な研究チームによって実行されるとします。その実験から得られた情報が、同水準の経験や設備を持たず、同水準の規制を受けていない別の科学者によってによって使用されたとします。可能性は低いですが、考えられる出来事として、その科学者がそのウイルスに感染し、それがアウトブレイクにつながり、最終的にパンデミックを引き起こすとしたら、どう思いますか?」

警鐘

ポール上院議員がファウチ所長を厳しく追及したことで、ノースカロライナ大学のラルフ・バリック教授の研究室と、武漢ウイルス研究所の石正麗博士の研究室との関係が新たにクローズアップされた。中には、バリック教授をSARSマスター、石博士をその一番弟子にたとえる人もいる。2人はリソースを共有しており、例えばバリック教授はヒトの肺受容体を持つトランスジェニックマウスを武漢へ送った。しかし、最初のコラボレーションの後、この2つの研究チームはどちらかといえばライバル同士だった。彼らは、危険なコロナウイルスを特定し、潜在的な脅威を評価して、ワクチンなどの対応策を開発するために競い合っていたのです。

バリック教授がコロナウイルスの研究を始めたのは1990年代後半のことだ。当時、コロナウイルスは低リスクと見なされていたが、ヒトの細胞に侵入することが可能なコロナウイルスの遺伝学を研究したバリック教授は、わずか数回の突然変異で種の壁を越えてしまうものがあるのではないかと考えるようになりました。

2002年から2003年にかけて中国南部でSARSが発生し、8000人の感染者が出たことで、その予感は確信に変わった。SARSの流行はひどい状況だったが、かろうじて大惨事を免れたとバリック教授は言う。SARSの場合、重度の症状が出てから1日程度経たないと人から人へ感染しないため、隔離や接触者追跡で感染拡大を抑制しやすかった。SARSのアウトブレイクによる死者は774人で済んだが、新型コロナウイルスと同じぐらい簡単に感染していたら、「死亡率10パーセントのパンデミックになっていたかもしれません」とバリック教授は話す。「それほど人類は危機に瀕していたのです」。

SARSは一過性のものとして片付けてしまいたいところだったが、2012年にMERSが出現し、中東で感染が広がりはじめた。「個人的には、病原体保有動物には、種を超えて感染可能なウイルス株がもっとたくさんあるに違いないと気づかされました」とバリック教授は言います。

当時、そのような危険なウイルスの例は、SARSの発生源を突き止めるために何年も費やして中国南部でコウモリをサンプリングしていた石博士のチームによってすでに発見されていた。石博士の研究チームのこのプロジェクトは、米国の非営利団体である「エコヘルス・アライアンス(EcoHealth Alliance)」が主導する世界的なウイルス監視活動の一環として実施された。エコヘルス・アライアンスの年間収入は1600万ドル以上あり、その90パーセント以上が政府の助成金で賄われている。ニューヨーク市に事務所を構えているが、他国の現地研究グループと提携して現地調査や研究室実験を実施している。武漢ウイルス研究所はその中でも重要な研究所であり、エコヘルス・アライアンスの代表を務めるピーター・ダザック博士は、石博士のほとんどの主要論文で共著者となっています。

グアノ(糞の堆積物)や糞便スワブ、コウモリの組織などから何千ものサンプルを採取し、そのサンプルからSARSに類似した遺伝子配列を探すことで、石博士の研究チームは多くの近縁ウイルスを発見し始めた。2011年から2012年にかけては、雲南省の洞窟でSARSに最も近縁な2つのウイルスを発見し、「WIV1」と「SHC014」と命名しました。

石博士は自分の研究室で糞便サンプルからWIV1を培養し、それがヒト細胞に直接感染できることを示した。このことは、コウモリからヒトに直接感染できるSARS類似ウイルスが、すでに自然界に潜んでいることの証明となった。この結果を受けて、ダザック博士と石博士は、コウモリ由来のコロナウイルスは「世界的な脅威」だと主張した。コロナウイルスが人類を発見する前に、科学者がコロナウイルスを発見し、研究する必要があると、2人は主張しました。

他のコロナウイルスの多くは培養できなかったが、バリック教授のシステムでは、コロナウイルスのスパイクを類似ウイルスに組み込むことで、スパイク分子の試験を迅速に実施できた。SHC014のスパイクを組み込んだキメラウイルスがシャーレの中でヒト細胞に感染できることを証明したとき、ダザック博士は報道陣に対し、この新事実から「このウイルスを、新たな病原体候補から明確な現在の脅威に移す」べきだと語りました。

他の研究者にとって、この実験は機能獲得研究の不必要な危険性を示す完璧な例だった。「この研究がもたらした唯一の影響は、実験室で新たな非自然発生のリスクを生み出したことです」と、機能獲得研究を長年批評してきたラトガーズ大学の微生物学者リチャード・エブライト教授はネイチャー誌に語りました。

バリック教授にとって、状況はもっと微妙なものだった。バリック教授の作ったウイルスは、バックボーンとして使用した、マウスに適応させたウイルスよりは危険かもしれないが、SARSに比べればまだ弱々しいものであり、のちにポール上院議員が指摘することになるスーパーウイルスではありませんでした。

結局、NIHの取り締まりには実効力が欠けていた。NIHの規定には「資金提供機関の代表者が、公衆衛生または国家安全保障を守るために研究が緊急に必要であると判断した場合」には、例外的に研究を認める条項が盛り込まれていた。バリック教授の研究が再開を許されただけでなく、免除を申請したすべての研究の再開が許可された。NIHの資金提供の制限は2017年に解除され、より寛大なシステムに変更されました。

防護服と防護マスク

もしNIHが、規制当局が安心できるような機能獲得研究を実施できる科学者を探していたとすれば、バリック教授はうってつけだった。バリック教授は何年間も追加の安全対策を主張しており、2015年の論文では、まるで今後の方向性をモデル化するかのように、追加安全対策の必要性をわざわざ指摘していました。

米国疾病予防管理センター(CDC)はバイオセーフティを4つのレベルに分類し、どの病原体をどのレベルで研究すべきかを推奨している。バイオセーフティレベル1(BSL-1)は有害性のない生物を対象としており、必要に応じて白衣や手袋を着用する必要がある程度で、実質予防措置を必要としていない。BSL-2は、その地域ですでに日常的に流行している(エンデミック)中程度の有害性を持つ病原体を対象としており、ドアを閉め、保護メガネを着用し、廃棄物を滅菌処理(オートクレーブ)で処分するなど、比較的軽度の予防措置が必要となる。BSL-3では予防措置が一気に厳格化する。BSL-3は、インフルエンザウイルスやSARSウイルスなど、呼吸器系の感染により重篤な疾患を引き起こす可能性のある病原体を対象としており、これらの病原体に関連する実験プロトコルには、流出防止のための複数のバリアが含まれている。研究室は2組の自動開閉式オートロックドア以外は壁に囲まれ、空気はろ過され、作業員はN95マスクと全身個人用防護具(PPE)を着用し、医学的な監視下に置かれる。BSL-4は、エボラ出血熱やマールブルグ熱などの最悪の感染症を引き起こす病原体が対象で、予防措置には宇宙服のような防護服と専用の空気システムが追加されます。

バリック教授の研究室では、キメラウイルスの研究はBSL-3で実施され、さらに作業員全員に防護服、二重手袋、動力式空気呼吸器などの追加対策を講じた。地元の救急隊員は定期的に訓練に参加し、研究室への理解を深めた。すべての作業員は感染症について監視され、地元の病院では科学者の受け入れ態勢が整えられていた。おそらく、世界で最も安全なBSL-3施設の1つだっただろう。それでも、何年にもわたっていくつかの間違いを防ぐには十分でなかった。一部の科学者はウイルス保有マウスに噛まれさえした。しかし、感染症には至りませんでした。

まったく新しい病原体

NIHは2014年、中国でコウモリ媒介のコロナウイルスがさらに出現するリスクの研究に対し、5年間で375万ドルの助成金をエコヘルス・アライアンスに与えた。この研究はバリック教授が開発したシステムと同じ種類の手法を使うもので、研究の一部は武漢ウイルス研究所に委託されることになっていました。

その2年後にダザック博士と石博士は論文を発表し、武漢ウイルス研究所がWIV1の新たなバージョンを複数作り、ヒト細胞への感染性を試験したことを報告した。この論文では、武漢ウイルス研究所が米国に倣って独自の逆遺伝システムを開発したことが発表された。さらに、厄介な詳細も含まれていた。NIHの助成金によって部分的に資金提供されたこの研究は、BSL-2の研究所で実施されていたことが明らかにされたのだ。つまり、ダザック博士が世界にとっての明確な現在の脅威として提示したのと同じウイルスが、リチャード・エブライト教授が言うところの「米国の歯科医院のバイオセーフティレベル」に相当する条件下で研究されていたのです。

エブライト教授は、厳しい隔離条件の環境下で研究するコストと不便さがこの問題の要因の1つだったと考えている。エブライト教授によれば、BSL-2で研究を実施するという武漢ウイルス研究所の決断には、「他の条件が同じであれば、研究の進みが10倍から20倍は速くなる」という大きなメリットがあったといいます。

武漢ウイルス研究所での研究は確かに急速に進んでいた。2017年、ダザック博士と石博士は、ノースカロライナ大学でのバリック教授の研究を一段上回る別の研究を、同じくBSL-2で開始した。武漢ウイルス研究所は、コウモリの洞窟から数十種類の新しいSARS類似コロナウイルスを発掘し続けていたが、そのうちの8種類のコロナウイルスのスパイクを、それぞれWIV1に融合させてキメラウイルスを作ったと報告した。8つのうちの2つのキメラウイルスはヒト細胞でよく複製された。それらは、あらゆる意味でまったく新しい病原体でした。

武漢ウイルス研究所がSARS類似ウイルスを安全性の低い条件下で扱っていたことが明らかになったため、新型コロナウイルスが何らかの実験室事故から発生した可能性を見直す人もいる。新型コロナウイルスは自然由来のものであるに違いないと主張する影響力の大きな論文を共著したコロンビア大学のウイルス学者イアン・リプキン所長は「めちゃくちゃです」とジャーナリストのドナルド・マクニール・ジュニアに語った。「これは起きてはならないことでした。コウモリウイルスはBSL-2の研究所で扱われるべきではありません。私の考えは変わりました」。

しかし、武漢ウイルス研究所がBSL-2で研究したことは何の規則にも違反していない、とキングス・カレッジ・ロンドンのバイオセキュリティ専門家であるフィリッパ・レンツォス博士は言う。「何をすべきで、何をすべきでないのか、強制力のある基準はありません。それは個々の国、機関、科学者次第なのです」とレンツォス博士は説明し、中国ではハイテク生物学研究が急増しているが、監視体制は強化されていないと語ります。

石博士は電子メールで、米国と同様の中国の規則に従っていると述べている。安全要件は研究対象のウイルスによって異なる。WIV1のようなコウモリウイルスは人間に病気を引き起こすことが確認されていないため、石博士が従うバイオセーフティ委員会は、コウモリウイルスの遺伝子操作と試験にはBSL-2を、動物実験にはBSL-3を推奨しました。

ピーター・ダザック博士は、BSL-2条件下でこの研究を実施するという決定についての質問に対して、エコヘルス・アライアンスからの声明を転送してきた。エコヘルス・アライアンスは「私たちが活動する国の現地法に従わなければならない」とし、NIHはこの研究を「機能獲得ではない」と判断したとのことです。

中国への疑問

研究室のセキュリティ強化を禁じる法律はない。だが、バリック教授によれば、これらのウイルスはセキュリティ強化に値するものだという。「私なら、WIV1やSHC014をBSL-2で研究すべきだとは決して言いません。なぜなら、これらのウイルスはヒトの初代細胞で増殖できるからです」とバリック教授は言う。「これらのウイルスには何らかのリスクがあります。実際に人間に重篤な病気を引き起こすかどうかはわかりませんが、慎重に判断したいところです(中略)100種類のコウモリウイルスを研究したら、運を使い果たしてしまうかもしれません」。

新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以来、バリック教授は考えられるウイルスの発生源や、中国のバリック教授と同じ立場の研究者について多くを語っていない。しかし、バリック教授はこれまで何度か、武漢ウイルス研究所の安全性への懸念を静かに指摘してきた。2020年5月、研究所からのウイルス流出の可能性について公の場で議論する科学者がほとんどいなかった時期に、バリック教授は論文を発表し、「武漢ウイルス研究所の研究室にコウモリのヴァイローム(ウイルス叢)サンプルの大量のコレクションが保管されていること、同研究所が初期アウトブレイク発生地に近いこと、同研究所での作業手順などを考えると、武漢ウイルス研究所からの偶発的なウイルス流出疑惑はおそらく残るだろう」と認めている。バリック教授は自分の意見を理解できない人がいる場合に備えて、ダザック博士と石博士のBSL-2論文に注目を促しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノースカロライナ大学のラルフ・バリック教授は、ワクチンと薬物の研究の一環としてのコロナウイルスの遺伝子工学を専門としている。

NIHも武漢ウイルス研究所との関係を見直した。NIHは2020年4月に、コウモリウイルス研究のためのエコヘルス・アライアンスへの助成金を打ち切った。2020年7月8日にダザック博士へ宛てたフォローアップレターで、武漢ウイルス研究所は他の国々に「深刻なバイオセーフティの懸念を引き起こす研究を、中国国内の施設で実施してきた」という報告を指摘し、エコヘルス・アライアンスが懸念を払拭できる場合に限り助成金を復活させることを申し出た。さらに、「武漢ウイルス研究所がこの助成金に基づく安全要件を満たしてこなかったこと、エコヘルス・アライアンスがその助成先の活動を監視する義務を果たしてこなかったことが懸念されます」と付け加えました。

新型コロナウイルスの遺伝子コードは、武漢ウイルス研究所が研究室で培養していることが知られているWIV1などのウイルスの遺伝子コードとは似ていない。バリック教授は今でも、自然発生の可能性が最も高いと考えているという。しかし、バリック教授はまた、この研究の複雑なリスクを十分に理解しており、問題に発展する可能性があることも見通している。そのため、バリック教授は今年5月に他の17人の科学者と連名で、かつての共同研究者の研究室とそのやり方を徹底的に調査することを求める書簡をサイエンス誌に投稿した。バリック教授は、病原体が武漢の1300万人の住民、そして世界に紛れ込むのを防ぐために、どのようなバリアが設けられていたのかを知りたいと思っています。

「現実問題として、グアノや口腔スワブには未知のウイルスが含まれていて、大量に密集していることがよくあります。また、ウイルスを培養しようとすると、培養細胞に新種の株を加えることになります」とバリック教授は言う。「その中には成長するものもありますし、ユニークな組み換え体ができることもあります。こうした実験がBSL-2で実施されていたのだとしたら、質問したいことが出てくるのではないでしょうか」。

転載元の記事はこちら

 

Did the coronavirus leak from a lab? These scientists say we shouldn’t rule it out.

新型コロナ、研究所流出説
「陰謀論」で片付けてよいか

研究者人生を棒に振りたくない多くの科学者は、新型コロナウイルスの自然発生説に異を唱えられずにいる。一方、声を上げる少数派は、真剣に議論すべきシナリオとして研究所流出説を排除すべきではないといいます。事実の解明は進むのでしょうか。

スキー場での1日を過ごしたニコライ・ペトロフスキー教授は、ソーシャルメディアをチェックしていたときに、中国の武漢で謎の肺炎患者が続出しているという報道に目を留めた。2020年1月初旬、免疫学者であるペトロフスキー教授は、自宅がある南オーストラリア州の猛暑から逃れるために、毎年家族と一緒に避暑に訪れる米国コロラド州のキーストーンで休暇を過ごしていた。ペトロフスキー教授はまもなくして、謎の肺炎の報道に関する奇妙な矛盾に気がついた。ペトロフスキー教授いわく、中国当局やWHO(世界保健機関)は「心配ない」と言っていたが、現地の人々は「武漢の家々から遺体が担架で運ばれている様子や、警察がアパートのドアをボルト締めしている様子」を投稿していたといいます。

ペトロフスキー教授は、南オーストラリア州の州都、アデレード近郊にあるフリンダース大学の教授であり、感染症の予防接種などを開発する企業ヴァクシン(Vaxine)の創業者兼会長でもある。2005年以来、ペトロフスキー教授は米国立衛生研究所から数千ドルの資金提供を受け、ワクチンや、ワクチンの効果を高めるアジュバントと呼ばれる化合物の開発を支援している。中国の科学者が、武漢で発生した肺炎の犯人である新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のドラフトゲノムを公開した後、コロラド州の仕事部屋でスキーそっちのけで仕事していたペトロフスキー教授は、フリンダース大学の同僚に、ワクチン設計の第一歩となるウイルス配列のコンピュータモデリング研究を実施するよう指示しました。

この研究によって、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質は、ヒト細胞受容体のACE2というタンパク質に、他のどの生物種の標的受容体よりも強く結合するという驚くべき結果が得られた。つまり、新型コロナウイルスは、新たに出現した病原体にしては珍しく、ヒトという獲物に驚くほど適応していたことを意味する。ペトロフスキー教授は「なんてことだ!これは本当に大変だ」と思ったといいます。

ペトロフスキー教授が新型コロナウイルスについて、ヒト細胞あるいはヒトのACE2タンパク質を発現させた細胞を培養していた研究室で誕生したのではないかと考えていた最中の2020年2月19日に、権威ある医学雑誌のランセット誌に、27人の科学者が書いた書簡が突然掲載された。この27名の著者は、新型コロナウイルスは自然に発生したものだと主張し、それ以外の仮説については「恐怖、噂、偏見」を生むだけの陰謀論だと非難しました。

陰謀論者というものは「私たちには最も無縁なもの」なのに、「私たちのような人間を指しているように見えた」として憤慨したと、ペトロフスキー教授は当時を振り返ります。

今年2月、国際的な科学者チームが、新型コロナウイルスの起源を調査するための1カ月間の武漢訪問を終えた。WHOによって招集され、中国当局による厳重な監視下で実施された調査の結果、この調査チームは当初、研究所からの流出の可能性は極めて低く、これ以上の調査は必要ないと結論付けていた。その後、WHOの事務局長は当初の発言を撤回し、「すべての仮説は未解決であり、さらなる分析と研究が必要です」と主張。ペトロフスキー教授を含む、科学者、社会科学者、科学コミュニケーターなどから成る26人のグループは、WHOの調査員について、新型コロナウイルスが研究室での事故によって生じたものかどうかを判断するための「権限、独立性、必要な(情報への)アクセス」を欠いていると主張する独自の書簡に署名しました。

今回のWHOの調査は、新型コロナウイルスの起源をめぐる議論がますます険悪なムードになった1年間を受けて実施されたものだ。中国政府は、当時も今もウイルスの由来についての疑問を解決するための情報を提供しようとせず、専門家たちの意見は2つの対立するシナリオに集約されていった。一つは、研究所から流出したというのがもっともらしく、さらなる精査が必要だというもの。もう一つは、新型コロナウイルスはほぼ確実に自然界からヒトに飛び火し、研究所流出の可能性は非常に低いため、基本的にその可能性について議論する必要はないというものだった。自然界から来たと主張する人々は、新型コロナウイルスに意図的に操作されたことを示す遺伝学的特徴がないと言う。しかし、新型コロナウイルスは、研究のために研究室に持ち込まれる前に自然界で進化し、その後流出したという可能性だってある。新型コロナウイルスの出現場所として最も怪しまれている武漢ウイルス研究所は、世界最大級のコロナウイルスのコレクションを有しています。

スタンフォード大学の微生物学者であるデイヴィッド・レルマン教授は、研究所流出説について、「私たちが知っている事実を公正かつ公平に議論する」対象ではなかったと言う。それどころか、研究所流出の可能性について詳しく調べようとする人々は、間違った情報を流す陰謀論者として排除され、まもなくして怒りを爆発させ始めた。米国の選挙期間中の政治や、中国に対する反感意識の高まりも、緊張感を高める要因となった。パンデミック(世界的流行)が始まって以来、アジア系米国人への攻撃はエスカレートし、当時のトランプ前大統領が「中国ウイルス」と騒いだこともあり、多くの科学者や記者は「トランプ政権の暴言を正当化するような発言には慎重になっていました」と、ワシントンDCに拠点を置く国際問題専門のシンクタンク、アトランティック・カウンシル(Atlantic Council)のジェイミー・メツェル上級研究員は述べます。

メツェル上級研究員は、科学者が研究所流出の可能性について口にするとキャリアを棒に振ってしまう可能性があり、特に自然界から流出したウイルス性疾患の発生の歴史が長い場合にそうなりやすいだろうと話す。マサチューセッツ州ケンブリッジにあるブロード研究所で遺伝子療法と細胞工学を専門とするアリナ・チャン博士研究員も同様の見解を示す。チャン博士研究員が言うには、新型コロナウイルスが自然由来であるという、もっともらしい正統派の仮説に異議を申し立てるリスクは、監督者としての役割や他のスタッフを抱える、地位を確立した感染症研究者にとって極めて大きいという。チャン博士研究員自身は、博士研究員という立場では失うものが少ないとして、2020年の大半の時間を、研究所流出の可能性に関するより詳細な調査を求めることに費やしました。

レルマン教授によれば、研究所流出説に対する痛烈な批判は、次のパンデミックを食い止めるためにはウイルスの起源解明が極めて重要であるという、より大きな重要課題を覆い隠してしまうという。人間が野生の地に徐々に進出し、世界中でバイオセーフティ研究所の数が増えるにつれ、研究室での事故と自然界からの飛び火の両方による脅威は同時に増加し続けている。「だからこそ、起源の問題は非常に重要なのです」(レルマン教授)。

「私たちは、どこにリソースと労力を割くべきかについて、より適切に判断する必要があります」とレルマン教授は付け加えた。そして、新型コロナウイルスの研究所流出がもっともだと思われる場合には、「それは大いに注目されるべきです」と話します。

新型コロナウイルスが自然界から人間界へ飛び火したのだとすれば、どこでどのようにして起きたのだろうか? パンデミックから1年が経過した今でも、こうした疑問は解明されていない。科学者たちは、感染したコウモリ(何百種類ものコロナウイルスの貯水池として知られている)から直接ヒトにウイルスが侵入したのか、あるいは動物を媒介して侵入したのかについて、未だに思案しているところだ。武漢の華南海鮮卸売市場は、このウイルスによって引き起こされる新型コロナウイルス感染症の最初の集団感染が検出された場所だったため、当初はヒトへの感染発症の地としての可能性が高いと考えられていた。しかし、より新しい証拠は、動物やヒトへの感染が数カ月前から他の場所で広まっていた可能性を示しており、その後、武漢市内の他の市場、中国南部の野生動物の農場、さらには他の地域で発生したウイルスに汚染された冷凍肉を食べたシナリオなどに疑いの目が向けられるようになりました。

重要なのは、新型コロナウイルスの直接の祖先は未だ特定されていないということだ。既知の最も近縁な種である「RaTG13」と呼ばれるコロナウイルスは、遺伝学的にはSARS-CoV-2と96%の類似性を持っています。

一方、研究室から流出したウイルスは、そのウイルスに感染した研究者や技術者によって世界に広まる。研究室からの流出は以前実際に発生しており、2000年代初頭の重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行時には、いくつかの市中感染のケースに関与していた。2017年には、武漢ウイルス研究所は、中国本土で初となる、研究所のセキュリティレベルとしては最高の「バイオセーフティレベル4(BSL-4)」の指定を受けた。しかし、武漢ウイルス研究所は、かつて安全対策に問題があった歴史を持っている。武漢ウイルス研究所の科学者らは、適切な訓練を受けた技術者や調査員が施設に不足しているとして、2017年から2018年にかけて米国から訪問していた科学者らに対して、米国務省へ警告するよう促した。同時に、多くの科学者は、特に最近、一部の人々に論争を引き起こしたニューヨーク・マガジン誌での研究所流出仮説の検証を受け …

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