参考:PRESIDENT 2018年4月2日号
大前研一「今は持ち家よりも賃貸が賢明」
空き家激増、住宅相場上がり目なし
不動産の買い時・売り時、いつがいいのか?
2019年10月に消費税が10%にアップする前の駆け込み需要がどうとか、東京オリンピック・パラリンピックが開催される20年に不動産価格が暴落するとか、目先の住宅問題はいつの時代もかまびすしいです。
家を買いたい人、家を売りたい人にとって住宅の買い時や売り時は最大の関心事でしょうが、日本人の住宅観自体が変容して住宅問題に大きな影響を与えていることを大局的に理解しておくべきだと思います。
住宅着工件数が経済指標になっているように、戦後、日本政府は一貫して住宅を景気刺激策として利用してきました。「夢のマイホーム」などと不動産デベロッパーがふり撒く持ち家信仰を、住宅金融や優遇税制その他の住宅政策で後押ししてきたのです。バブル崩壊前までは、住宅ローンを組んで家を買うことにそれなりのメリットがありました。買った土地の値段が上がる可能性がありましたし、家主の昇進昇給を前提にローンの返済計画が立てられたからです。
しかしバブル崩壊によって不動産の価値は暴落しました。さらに1990年代半ば以降、名目的な昇進はあるものの、右肩上がりの昇給はなくなってしまいました。
政府が罪深いのはバブル崩壊直後の92年に景気対策として「ゆとりローン(ステップローン)」を導入したことです。これは最初は金利を安くして月々の返済額を抑え、(景気が回復して、給料や地価が上がっているであろう)6年後とか11年後から金利が上がって返済額が大幅に増えるローンで、「家賃並みの返済額で家が買える」と利用者を募り、住宅購入を煽ったのです。
しかし、日本はそのまま「失われた20年」、世界に例のない大デフレ時代に突入、給料も不動産価格も上がらずに、逆にリストラや企業倒産が相次いで収入を維持することすら難しくなりました。
当然、ゆとり返済期間終了後の返済額増加に収入が追いつかずに返済に苦しむ人が急増して、ローン破綻が続出しました。住宅ローンの残債を別の金融機関で借り直して一括返済する「借り換え」をしようにも、住宅の残存価値がローン残債より高くなければ金融機関は金を貸してくれません。
実際、借り換えがほとんどできないくらい住宅価格は落ち込みました。返済期間の繰り延べなどの救済策も取られましたが、返済期間が長くなればトータルの返済額は増えるし、定年後もローンを払い続ける悲惨な老後が待ち受けます。
バブルのピークから90年代前半にかけて「通勤時間1時間20分、郊外一戸建て6000万円」のような、今聞けばとんでもない値段の物件が出回って、それに「ゆとりローン」を組んで手を出した人が結構いました。その後96年にバブルが完全に崩壊して住宅の売り買いが止まり、再び動き出したのが00年以降。05年くらいから通勤時間40分くらいの都心近郊で4000万円台のマンションが相当出回るようになりました。しかも目先のゆとりで釣る姑息なローンではなく、長期固定金利ローンの「フラット35」。返済期間は最長35年で、金利(一時は1%を切った)は一律です。
30年前に6000万円の家を買って定年間際になってもローンで苦しんでいる人たちは、1時間20分もかかる通勤電車の中から途中駅に建った4000万円台の新築マンションを眺めると、恨めしさがひとしお胸にこたえるわけです。
「借金したくない」から持ち家願望がない40歳代以下
ここにきて90年代前半にくまれた住宅ローンのサイクルが一巡して、ゆとりローンを払い終わった引退世代が出てきました。今の50代後半から60代はしんどい思いをして返済してきたトラウマがあって、それが消費不足の一因でもあります。
その下の世代、40~50代になると昇給がないことにも20年来の大デフレにも慣れた一方、少子化の一番先頭を走っている世代で子供1人という人が多いです。夫婦に子供1人なら極端なことを言えば2LDKで十分なわけで、戸建て住宅へのこだわりもありません。
さらに40歳前後から下の若い世代ともなると、「家を持ちたい」という欲望のほうが少ないです。「金利が低い今が買い時」と言われても、「もっと下がるんじゃないか」と何となく感じているし、そもそも家を買って借金を抱えることは大きなリスクだと思っています。我々世代にはまったくなかった発想で、「負けから入りたくない」と彼らは言うのです。
我々にとって結婚して「狭いながらも楽しいわが家」を持つことは目標だったし、女性を口説くうえで車は必需品でした。5%の金利なんて給料が上がればいずれ返せると思っていました。ですが、今どきの若い人は「いつ足元が崩れるかもしれないのに、そんな借金をするなんて人生負けから入るようなものだ」と思っています。極端な話、結婚して家庭を持つことだって「負け」の部類です。
こうして俯瞰すれば、どの世代からも家を建てようという積極的なマインドは出てきません。だから金利1%を切るフラット35も借りる人がいません。空前の住宅ブームになるはずだったのにならないのです。つまり、住宅政策はもはや経済の起爆剤にはなりえないということです。
そもそも住宅政策は景気対策でやるべきものではありません。もっと安く家を供給できるようにするのが本当の住宅政策でしょう。日本の住宅の建築コストは欧米に比べて高いです。狭い住宅事情や工法の多様さ(アメリカやカナダの戸建て住宅はほとんどがツーバイフォー工法で建てられます。工法が標準化されれば建築資材を共通化しやすいので価格が下がります)など建築費が高くなる理由はいくつかありますが、私が一番の障壁だと思うのは住宅に使われる部品や部材の供給元が限定されていることです。
ガラスもアルミサッシも石膏ボードもトイレもタイルもほとんどが独占、もしくは寡占状態になっています。海外から安い部材を取り寄せても、日本の住宅には使えない。業者とつるんだ行政当局が厳しい建築基準や規制を盾に認可しないからです。水道関係ならJWWA(日本水道協会)などの認可を得ていないと水さえ流してくれません。世界中の材料が使えるようになれば、建築費は半分になります。そうなれば住宅ブームも起きそうなものですが、住宅資材は輸入規制がかけられているし、仮に海外の住宅資材が入ってきても流通業者が取り扱わない、などの非関税障壁にガードされて建築コストが簡単には下がらない仕組みになっています。
「今、家を買わなければ」という感覚がないのは100%正解
デフレ慣れした若い世代には「今、家を買わなければ高くなる」という感覚がありません。実はこれは100%正しいです。少子高齢化で19年以降、日本の世帯数は減少に転じています。このトレンドが続く限り、住宅価格が上がる理由はないからです。
日本は世界一空き家が多い国で総住宅数に占める空き家の割合は13年に13.5%。33年には空き家率が30%を超えるとの試算もあります。東京郊外でも都心から30キロを超えるような新興住宅地に足を運ぶと、怖いぐらいに人が住んでいません。商売にならないのか商店も軒並み閉まっていて、都心へ出るのも電車で1時間20分はかかります。売りに出しても買い手が付かないのです。そうした寂れたニュータウンが日本中で増えています。
一方で住宅用地の供給は今後さらに緩みます。よく言われるのは「2022年問題」。30年間、農林漁業に使うことを義務付けられた生産緑地の営農義務が22年に解除されます。つまり、宅地に転用できるようになるのです。92年に生産緑地に指定された土地は全国で約1万3000ヘクタールあって、東京で3000ヘクタール以上。東京23区だけで東京ドーム100個分近くの生産緑地があって、これがすべて宅地化されれば約25万戸の一戸建てが供給可能だといいます。これは年間の東京都の新築一戸建て着工件数の倍の数字です。
都心の容積率緩和も住宅供給にプラスに働きます。現状、東京23区の容積率は136%、山手線の内側の容積率は236%。平均2.3階ということです。山手線内に匹敵するパリの都心部の平均は6階で、これはルイ14世の時代から変わりません。つまりパリ並みの街並みにしようと思えば、山手線内のビルやマンションはまだ倍以上の高さにできるわけです。便利なエリアに住宅がふんだんに供給されて、空き家が増え続けるのだから、住宅相場に上がり目はありません。つまり、基本、待って損はないのです。
「借金からスタートしたくない」という人生感を持っている若い世代が、賃貸住宅を選択するのもきわめて現実的です。宝くじやビットコインでも一発当てれば家を買うオプションもありうるのでしょうが、悲観的あるいは見通しの悪い将来に対しては家を持つほうがリスクと考えるのは当然。賃貸なら海外勤務を命じられても問題ないし、転職する際も縛られません。子供1人なら手狭でもありません。今後は賃貸物件の供給も増えるから、よほどの好立地でなければ高騰の心配もありません。
超金持ちが都心3区で坪単価600万円を超える物件を買っていますが、そちらもそろそろ限界に近づいています。海外の富裕層の都心マンション漁りも中国からの資金の持ち出しが制限されたために2年ほど前のピークから下がり始めています。日本人にとっては、ライフプランを前提に考えると持ち家よりも借りるという選択肢のほうが賢明。そう、戦後一貫して続いてきた日本人の住宅感は根本から変わってしまったのです。