新型コロナ「デルタプラス」はデルタ株よりも危険を意味するか?

参考: MIT Technology Review 2021年8月23日(月)
新型コロナウイルスの「デルタプラス」の症例が世界各国で見つかり、人々を不安に陥れています。しかし、誤解を招きかねないこの俗称は、命名法の混同に由来するものです。デルタ株より危険だという証拠は今のところありません。

「デルタプラス」という新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の株についての最新の報道を見て不安になった人は、科学者がデルタ株系統の変異株を4から13に拡大したと聞くと仰天するかもしれません。
しかし、落ち着いてほしい。科学者によると、デルタ株が新たな能力を獲得したという証拠はなく、デルタプラスという新しい名前は新型コロナウイルス進化の追跡を助けるために付けられたものなのです。パニックの原因がさらに9つ増えたわけではありません。そして多くの研究者は「デルタプラス」と呼ぶのを、本当にやめてほしいと切望しています。
「デルタプラスという名前が完全に間違っているのは、より深刻な被害をもたらすと思わせてしまうからです」。B.1.1.7のような科学的な名前をウイルス系統樹の新しい枝に割り当てているパンゴ系統指定委員会(Pango Lineage Designation Committee)のアンダーソン・ブリトー博士はそう語ります。「今のところ、突然変異株のどれ一つとして、元のデルタ株と比べて異なる振る舞いを示す証拠はありません」。
新型コロナウイルスを木にたとえると考えやすいでしょう。デルタ株はその木から延びる太い枝のようなもので、 共通の祖先をもつウイルスの大きな一族です。この一族に属するウイルスはいくつかの突然変異を共有しており、急速な感染の広がりを起こします。太い枝からは常に小枝が生えてくるが、その度に科学者は数字とアルファベットからなる科学的な名前を使って管理します。だが、新たな科学的な名前が付いたからといって、そのウイルスが元の枝と異なる振る舞いをするとは限りません。新たな枝の一つが振る舞いを変え始めたら、「プラス」ではなく新たなギリシア文字が付けられます。
なお、デルタ株の突然変異の一部は感染力を高めているが、それでもワクチンは既知の全ての新型コロナウイルスで重症化を避ける高い能力があるということは指摘しておきたいです。

名前に何が含まれているのか?

命名に関する混乱の多くは、ジャーナリスト(とその科学的な情報源)が、新型コロナウイルスの進化の追跡に広く用いられている2つの命名法を混同していることに起因します。実際には、これら2つの命名法は全く異なる戦略と目標を持ちます。
最初のデルタ株に付けられたB.1.617.2という科学的な名前は、アルファベットと数字による命名法で、パンゴと呼ばれる(命名に使用するソフトウェアの名称「PANGOLIN(Phylogenetic Assignment of Named Global Outbreak Lineages)」に由来する)。この名前は、ウイルス遺伝子の小さな変化を追跡する研究者が使うためのものです。新しい系統が人々に対して異なる振る舞いをするかどうかの判断は入っておらず、分子レベルで違いがあるかどうかだけです。現在1300以上のパンゴ系統があり、そのうちの13がデルタ株系統に属していると見なされています。
一方、デルタという名前は、一般大衆向けにゲノミクスを単純化するために用いられている世界保健機関(WHO)の命名法に由来します。特に注目すべき必要があると認められる場合、WHOは関連するコロナウイルスの一連のサンプルに対して名前を与えます。ギリシア文字の付いた科は現在8つあり、最初のデルタ株から生まれた新しい系統が、親株とは異なる振る舞いを示している証拠が見い出されるまで、全部まとめてデルタと見なされます。
「デルタプラス」は、WHOの命名を使いつつ、パンゴの系統情報を混同させている名前です。ウイルスの危険度が高いとか、懸念が強いということを意味するものではありません。
「新しいパンゴ名を見ると人々はとても不安になります。でも新しい株が発見されたからといって取り乱すべきではありません。振る舞いが全然違わない新しい株が現れるのは、よくあることなのです」とブリトー博士は言う。「新しい系統がより危険だという証拠があれば、WHOは新しい名前を付けるでしょう」。

進化の追跡

ウィスコンシン州立公衆衛生研究所のゲノミクスとデータ科学の上級研究員であるケルシー・フロレック博士は、「私のようなゲノミクス科学者にとっては、自分がどの変異株を見ているのかが重要になります」と言う。「しかし、一般大衆にとっては、ほとんど同じことです。政策立案者や公衆衛生担当者、一般人に伝えるためなら、全てをデルタと分類すれば十分です」。
根本的に、ウイルスが進化する仕組みは他の進化と同じです。ウイルスが体内に拡散すると、自分自身のコピーを作るが、しばしば小さな誤りや変化が生じます。こうしたウイルスのほとんどは消滅するが、時には誤りのあるコピーが人の体内で十分に複製して他の人に拡散することがあります。
ウイルスが人から人へ拡散すると、そのような小さい変化が蓄積するので、科学者はこれを使って感染パターンを追うことができます。人間のゲノムを調べてどの人々が親戚関係にあるかを判定するのと同じ方法だ。だがウイルスでは、そのような遺伝子の変化は、個人や社会にどう影響するかということにほとんど関係がありません。
だがそれでもゲノミクス科学者には、基礎科学のためであると同時に、できるだけ早期に振る舞いの変化を特定するために、そのウイルスの進化を追跡する方法が必要となります。デルタのパターンを特にしっかりと監視しているのはそのためで、デルタの急速な広がりを受けてのことです。パンゴのチームは最初のデルタ系統B.1.617.2の子孫を、関連する症例の下位分類へと分割し続けています。
最近までにパンゴは、B.1.617.2そのものに加えて、AY.1、AY.2、AY.3という3つの「子株」を登録しました。8月第2週に、同チームは小規模で局所的な変化をより正確に追跡するため子株を12の系統に分割すると決定し、デルタ株は合計13になった。決してウイルスそのものが突然変わったわけではありません。
「研究の周辺領域では特に、このように新しく出てきた変異株に対し、細事にこだわることになります」。米国疾病予防管理センター(CDC)先端分子解析所(Office of Advanced Molecular Detection)の主任技師であるダンカン・マッカネル博士は言います。「そのような定義をどのように作り、精緻化するかによって、細かい分け方は違ってきます」。

大衆にとって重要なのは何か?

WHOのニックネームが付いた株が全て同じぐらい悪いわけではないことは指摘しておく必要があります。WHOが新しい系統に名前を付けるときには、どれほど懸念すべきかを知らせる分類も添えています。
最低レベルは「注目すべき変異株(Variants of Interest:VOI)」で、監視を続ける必要があることを意味します。中間レベルはデルタのような「懸念される変異株(Variants of Concern:VOC)で、進化で危険性が高まったことが明らかなものです。「懸念される変異株」と共通する突然変異を持つ株は、しばしば「注目すべき変異株」に分類され、監視下に置かれます。
米国疾病予防管理センターにはもう一つ、これより深刻な分類があります。それは「甚大な被害が想定される変異株(Variants of High Consequence:VHC)」であるが、これまで新型コロナウイルスの系統に与えられたことはありません。将来出現する株が、ワクチン接種済みの人に深刻な病気を起こす可能性があったり、一般に実施される診断検査で見つけられなかったり、もしかすると新型コロナウイルス感染症の複数の治療法に対して耐性を持ったりした時のために確保されています。
一般的には「デルタプラス」と呼ばれることの多い2つのパンゴ系統であるAY.1とAY.2は、どちらもベータと呼ばれる別の懸念される変異株(南アフリカで最初に出現した)に以前から見られた突然変異を持ちます。AY.1とAY.2が現れてから数カ月経つが、親株と異なった振る舞いをする兆候は全くありません。
「私たちは重要だと考える突然変異を特定しており、それを支持する証拠もあります。それが功を奏することもありますし、そうならないこともあります」とマッカネル博士は言います。
振る舞いが全く違わないのなら、なぜ米国疾病予防管理センターをはじめとする多くの公衆衛生機関はデルタ株の症例の数を報告するとき下位系統への分割を続けるのでしょうか?
この疑問に対し、ウィスコンシン州の新型コロナウイルス・シークエンシング・ダッシュボードを作ったフロレック上級研究員は、「大半は質問を避けようとしているのです。もし『デルタ株でこれほど多数の症例が出ている』とニュース速報に流せば 、『AY.3は出ていないのか? AY.3は懸念すべきだと聞いているが』という質問を受けます」と答えます。「メディアだけではありません。施設、病院、診療所、州立公衆衛生研究所の顧客として接する全ての人たちです」。
「最善の方法が何であるかは良く分かりません。私たちはみんな、必要な情報を伝える最善の方法を学んでいる途中なのだと思います。大勢の聴衆が理解でき、行動に移せるように情報を伝える方法です」。
どの遺伝子が振る舞いの変化に関係するかということについて、科学者は常に経験に基づて推測します。しかし、その推測は、個別の遺伝子変化の影響に注目した研究室での実験に基づいていることが多いのです。
実際の突然変異は、感染した何百万人もの人々の中で、ウイルスのゲノム全体にわたってランダムに起こります。そのような突然変異を持ったウイルスの多くは消滅するが、そのうちいくつかは他の人々に拡散します。変化は蓄積すると相互に作用し合い、人間の行動と相まって、現実世界でのウイルスの複雑な振る舞いとなって現れます。
何が起こっているのかを科学者が研究して本当に理解するには長い時間がかかります。ニュース記事を書いたり、論文を査読無しでオンラインに投稿したりするよりずっと長い時間です。
「ゲノミクスが全てではありません。変異株が存在していることを教えてくれる始まりに過ぎません」とブリトー博士は言う。「人々が不安になるのはもっともですが、小さな変化を気にすることはありません」。
この記事はロックフェラー財団協賛によるパンデミック・テクノロジー・プロジェクトの一環として執筆されました。

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