加熱式タバコが歯周病を悪化させる」説

参考:DIAMOND online 2017.11.28

写真はイメージです

 

「iQOS(アイコス)」に代表される加熱式タバコに切り替えてから「歯茎が痛くなった」という声をしばしば聞くようになりました。そのせいか、「加熱式タバコは歯周病を悪化させる」という話を聞きました。実際に、歯科医師である筆者もそのような声を頻繁に聞くようになりました。加熱式タバコは紙巻きタバコに比べれば、圧倒的に有害物質が少ないはずなのだが、なぜ歯茎が痛むのでしょうか。(歯科医師・歯学博士・日本歯科総合研究所代表取締役社長 森下真紀)

 

人気の「次世代タバコ」だが
「歯茎が痛い」という人が増えた

「次世代タバコ」とも称され、その代表格である「iQOS(アイコス)」(フィリップ モリス ジャパン)はいまだに品薄状態が続くほど、その人気は依然として高い。紙巻きタバコに比べて、副流煙が少なく、周囲への臭いも気になりにくい。有害物質も9割ほど低減できるという加熱式タバコです。

 このiQOSに加えて、「Ploom TECH(プルーム・テック)」(日本たばこ産業(JT))や「glo(グロー)」(ブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパン)等が近年製品化されており、主要タバコメーカーによる次世代タバコ競争が過熱しています。

 こうした次世代タバコは、従来の紙巻きタバコとは異なりタバコ葉を燃焼させないことから、有害物質である「タール」がほとんど出ないのが特徴です。

 タールには発がん性物質が多く含まれ、特に紙巻きタバコのタールには人体に悪影響を及ぼす化合物が約200種類も含まれているとも言われている。一方の次世代タバコは紙巻きタバコに比べて健康被害が10分の1程度といわれており、次世代タバコにとって「大きなセールスポイント」とされています。

 それにもかかわらず、筆者が専門とする歯科治療の現場では、iQOSを吸い始めたことで歯科医院に飛び込んでくる患者が最近増加している。

彼らの訴えは、「iQOSを吸い始めたら、歯茎が痛くなった。ひどいときには出血もある」「iQOSに替えたら歯周病になってしまった」といった具合です。

 なぜ、iQOSは紙巻きタバコと比べて“健康被害が少ない”と期待されたにもかかわらず、このような状況が起きているのでしょうか?

 これを考察するために、まず初めに紙巻きタバコと歯周病の関係について説明します。

 

紙巻きタバコの喫煙は
歯周病の主要なリスクファクター

 まず紙巻きタバコの喫煙が、歯周病の主要なリスクファクターであることは“周知の事実”です。実際にほとんどの喫煙者は歯周病を患っています。その原因として、紙巻きタバコに含まれる上述のタールとニコチンが関与しています。

 具体的には、喫煙によってタールが口の中の粘膜に吸収されると、唾液の分泌量が減少し、歯周病の原因であるプラーク(歯垢)や歯石が歯に付着しやすい環境が形成されます。

 そこに、血管を収縮させる作用を持つニコチンによって血液循環が悪化し、歯茎に酸素や栄養が十分に供給されなくなる結果、歯周病がより一層進行、悪化しやすい状況となるのです。このように、紙巻きタバコに含まれるタールとニコチンの相乗効果により、喫煙者の歯周病は非喫煙者と比較して極めて劣悪な状態となります。

以上の「紙巻きタバコと歯周病」の関係を踏まえ、iQOSの場合は果たしてどうなでしょうか?

 iQOSが紙巻きタバコより高いアドバンテージを有する点として、タールが極めて少ないことは冒頭に述べた通りです。

 もしそうであるならば、「タールを削減しているiQOSは、紙巻きタバコと比較して歯周病の程度は軽減される」と考えることに矛盾はありません。

 では、なぜこれと相反して、「iQOSに替えたら歯茎が痛くなった」という現象が生じるのでしょうか。

 

タールには
「炎症を抑える作用」があった

 実は、タールは身体に有害作用を示すその一方で、「炎症を抑える作用(抗炎症作用)」や「抗ウイルス作用」を持つ成分であり、それ故風邪やインフルエンザに対し予防的、および治療的作用があるのです。

 そして、これらの作用の歯周病に対する効果もまた、治療的な一面を有する。すなわち、タールが多く含まれている紙巻きタバコを日常的に喫煙していると、歯周病によって生じうる歯茎の痛みや腫れといった症状が、知らず知らずのうちにタールの作用によって抑えられてしまうのです。

上述した通り、大抵の喫煙者は程度に差はあるものの、歯周病を有している。しかし、タールの作用によりその症状が表面化しないために、例え歯周病が重度に進行していたとしても、気がつかないということが往々にして起こりうるのだ。

 つまり、紙巻きタバコからiQOSに替えたことにより歯茎が痛くなったその原因は、iQOSによる副作用で歯周病が引き起こされたのではありません。

 正しくは、タールが削減されたiQOSに切り替えたことにより、元々患っていた歯周病由来の歯茎の痛みや腫れを抑えることができなくなった結果、その症状が顕在化した、ということなのです。

 そのため、もし読者の中に、ここ最近紙巻きタバコからiQOSに替えてから歯茎が痛む…との違和感をお持ちの方がいるとすれば、十中八九、歯周病を罹患していると考えられ、早急に歯科医院の受診をお勧めします。

 以上、歯科医の観点から、紙巻きタバコと次世代タバコiQOSのとの比較、そして次世代タバコiQOSと歯周病の関係性についてについて説明してきました。

 

歯周病の治療および予防には
やはり喫煙自体を完全に止めるべき

 ただ、我々医療者の立場からすると、歯周病の治療および予防、そして口の健康のためには、やはり喫煙自体を完全に止めることを薦めます。

 次世代タバコは有害物質が大幅に削減されているとはいうものの、健康障害を起こすものが残っていることには依然として変わりはないからです。

また、当然忘れてはいけないのは、次世代タバコは紙巻きタバコと同じくニコチンを含有しているという点です。

「いずれは習慣的な喫煙行為は控えるようにし、禁煙を目指してほしい」という歯科医師の森下さん

 ニコチンは歯周病における危険因子であることは上述した通りだ。タールが微量であるからといって、歯周病を悪化させる要因を取り除いたことにはならならないことは肝に銘じておく必要があります。

 しかし、喫煙がなかなか止められずに苦しんでいる人にとっては、本人の判断で禁煙の第一歩として次世代タバコを代用することは、紙巻きタバコを吸い続けるよりは良いと考えます。

 利用者には「アイコサー」という愛称がつけられるほど高い人気を誇る、次世代タバコiQOS。

 次世代タバコも程度の差こそあれ、紙巻きタバコと同様、歯周病を引き起こし悪化させる原因になることには変わりありません。そのため、紙巻きタバコから次世代タバコに変えたことで、「口の中の状態が改善された」、という根拠のない自己判断、このような誤った解釈は決してしてほしくない。

 改善したかどうかについては、歯科医の判断を仰ぐことが重要であり、たとえ良くなったとしても油断することなく、定期的な口腔ケアを続けていく必要性があります。繰り返しになるが、禁煙を最終目標として次世代タバコを利用するということであれば、従来の紙巻きタバコを吸い続けることから考えれば、本人の口の健康、そして身体の健康にとっても望ましい選択であると考えます。

 そしていずれは習慣的な喫煙行為は控えるようにし、禁煙を目指してほしいです。

森下真紀
歯科医師・歯学博士・株式会社日本歯科総合研究所代表取締役社長。国立東京医科歯科大学歯学部歯学科首席卒業。在学時、英国キングスカレッジ歯学部留学。その後東京医科歯科大学歯学部附属病院研修医を経て、東京医科歯科大学大学院入学、博士号取得。日本学術振興会特別研究員(DC2)。また、株式会社日本歯科総合研究所代表取締役社長。「日本を世界一の歯科先進国へ」をミッションとして掲げ、歯科業界の発展に貢献すべく活動を行っています。

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